想い、託して 2

「ねーぇ! エリー様、お話聞かせて!」

 和気あいあいと昼食を食べ、片付けに立ち上がろうとした時だった。セノンがエリーの隣に座り、腰に勢いよく抱き着いた。

「イコもききたい、えりぃさまのおあなし」

「ぼくも!」

「シティのやつ! 聞きたい、聞きたい!」

 セノンに続いて、他の子どもたちも次々エリーに近寄ってくる。

「ごめんね。ご飯のお片付け、しなきゃ」

 だがエリーはまだ皿を持ったままだ。鳥を飛ばしていたせいで、準備は全く手伝えなかった。だからせめて片付けくらいは皆と行いたい。

 エリーは長になってからの十数年、長でなく普通の人間として、モエギ族と共に過ごしてきた。もちろん長としてやるべきことはやったし、皆の先頭に立つことはやめなかった。けれど、常にあがめられ、恐れられ、一歩引かれて、皆と接する。それは避けるようエリーなりに考えて、振る舞っていた。


  ――大丈夫。強い力がないからこそ、みんなと

    一緒に歩けると思うから。


 二人との別れの直前言った言葉は、今でも忘れていない。それを意識して生きてきたから、今ではモエギ族の面々と、打ち解けたと思っている。

 だからこそ、皆平等にやるべきことはやる。申し訳なくとも、きちんと伝えねばならない。

「ええー! やだ、今聞きたい!」

「片付けたらしてあげるから」

「あら、いいんだよ。エリー様」

 手に持っていた皿が一瞬にして消える。皿を取っていったのはムシュカだった。

「でも、ムシュカ……」

「エリー様がお話してくれると、うちのバカ息子、ふらふらってどっか行く心配がないの」

 ムシュカはいたずらっ子のような表情で笑みを浮かべる。

「そーそー! 片付けしながら、ぎゃあぎゃあ騒ぎ始める子らの面倒見るなんて、大変で大変で!」

「普段は手伝いさせるもんだけどね、たまにはいいんじゃないかい」

「そうしてくれたら、俺らも助かるよ」

 そうやって声をかけてくれる面々の表情に遠慮の色はなかった。寧ろたまには静かに片づけ作業をやりたいのだと、エリーに訴えている。

 確かに、嫌がる子らに片づけのやり方を教えつつ、まだそこまでの年齢に達していな子らが勝手にどこかへ行かないよう見張る……というのは、慣れたものでも大変ではある。一応その日その日で分担して受け持ってはいるが、その場が騒然となるのは否めない。

「わかった。じゃあ、片付けお願いね」

 エリーが頷くと、皆は笑顔で作業に戻っていった。周りの子どもたちからも歓声が上がる。

「じゃあ、みんな、いい子に座ってね」

「はーい」

 子どもたちが移動して、地べたに座る。エリーもそれを見て、丸太から地べたに尻の位置を変えた。キラキラとした視線を受け止めて、エリーは口を開く。

「昔々、大きな大きな街がありました。その街は夜でも昼間のように明るくて、街の中はとっても高い建物で埋まっていたのです。

 そんな高い建物の中で、たくさんの頭のいい人たちが、毎日毎日頑張って、なんと、頭だけで会話できる能力を開発してしまいました!」

 そこでエリーは言葉を区切り、頭に両方の人差し指を当てる。

「はい。今私が何をみんなに言おうとしたかわかる人ー?」

 笑顔で皆を見回す。子どもたちはきょとんとしたあと、すぐに元気よく手を上げ始めた。

「じゃあ、イコ。どうぞ」

 たれ目が可愛いおっとりした女の子を指す。

「んとね、おなかすいた……!」

 まだ幼い口を一生懸命動かして紡がれた言葉は、とても愛らしいものだった。エリーは思わず笑う。

「えー、今食べたばっかりだよー」

「イコは食いしん坊だあ」

「しょんなことないおー!」

 周りの子らも楽しそうに笑い始める。イコだけ怒っているが、それもまた可愛らしいものだ。

 エリーは皆の笑いが収まる頃を見計らって、また口を開く。

「正解は、みんなのことが大好き! でした」

「おれも! おれもエリー様好き!」

「あたしもー!」

「えへへ! イコも!」

 エリーの言葉に子どもたちは嬉しそうに笑い、エリーに飛びついてくる。受け止めた子どもたちの髪の毛から、お日様の匂いがした。無邪気な子らを抱きしめていると、ああもう突然変異ではないのだと、実感できる。

「はい、じゃあ、お話の続きするよ」

 興奮が収まるのを待って、声をかける。子どもたちは大人しく返事をして元の位置に座った。

「私はさっき、みんな大好きって頭の中で考えたけど、誰にも伝わらなかったよね?

でも大きな大きな街の人たちは、あれだけで会話ができてしまうのです。すごいね! とたくさん褒められた街の人たちは、もっともっとすごいことがしたくなります。もっともっとすごい力が欲しくなります。

 そんな時、街の隣の森に住んでいたモエギ族を見つけてしまいました。癒しの力なんて知らないぞ……持っていないぞ……手に入れてやる!」

「ひゃっ」

「うわぁ」

 大きな身振りで叫んだら、子どもたちはいい反応をしてくれる。なぜだか人気のこの話は、もう何度もしているはずなのに、変わらず喜んでくれるのだから、エリーの口ぶりにも力が入る。

「……と、モエギ族を何人も無理やり連れて行ってしまったのです。前の長、オババさまは、その状況が悲しくて悲しくて、一生懸命頑張って、街と約束をしました。もうモエギ族をさらってはなりません、と。

 そうして何年も何年も時が経ち、エリー・エヴァルトが十六歳になった年のことです。街から二人の少年がやってきました」

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