グローリーシティ外伝集
燦々東里
想い、託して 1
腕に乗った鳥を、腕を振る勢いで空へと導く。素直に翼を開いた鳥は、青い空へと羽ばたいていった。その足には文が巻き付けられている。旅行く道で見かけた花の絵が一つ描かれた文が。
エリーは鳥の姿を、見えなくなるまでじっと見つめている。
「エリー様、何してるの?」
「あら、セノンの坊や」
赤みがかった茶色の髪に、よく日に焼けた肌の男の子が、エリーに小走りで駆けよってくる。
エリーと同世代であるムシュカの息子、セノンだ。旅の中、偶然立ち寄った街でその命を授かった。その街で出会ったセノンの父、つまりムシュカの夫は、今ではモエギ族の旅に同行している。モエギ族の新しい時代、それを象徴する素晴らしい子だ。無論天から授かった子どもたちは、皆、素晴らしく、慈しむべきだ。
セノンはエリーの言葉に唇を尖らせる。
「坊やじゃないやい!」
一人前に怒るセノンを見て、自然と笑みがこぼれる。エリーはセノンの頭に手を伸ばし、優しく撫でる。その手をセノンは避けるそぶりを見せることなく、受け入れた。その様に、エリーは笑みを深くする。
「ごめんね。セノンよね」
「そうだよぅ。それで、何してたの!」
一度、セノンの背後に視線をやる。森の中の少し開けた場所で、モエギ族の面々は昼食の準備をしている。誰もこちらに目を向けてはいない。
「鳥をね、飛ばしていたのよ」
「それは見てたからわかるよ……」
また子ども扱いして、と言いたそうな表情で、セノンが言う。
そんな小さな感情の変化も、華奢な体も、何もかも、とても愛おしい。決して楽な暮らしではないけれど、この決断が間違いではなかったのだと、思わせてくれる。
「前に立ち寄った街で、鳥にお手紙を託していたの、覚えている?」
エリーはセノンの身長に合わせてしゃがむ。見上げると木々の隙間から青い空が見えた。
ふと二人の青年の姿が浮かぶ。今、彼らも、この空を見ているのだろうか。あの大きな都市の中で。
「覚えてるよ! あ! わかった!」
「え?」
「エリー様は、別れ別れになったしてぃの大好きな男の人たちに、手紙を飛ばしたんだね!」
その言い方にエリーの頬はカッと熱くなる。思わず否定しかけたが、セノンが怯えるかもしれないと口を閉じる。セノンの年齢を考え、心の中の思いを考え、存外間違いでもないかと、結論付けた。
「そうなの。あの人たちはね、私のことをたくさん助けてくれて……たくさん変えてくれて……。私のとても大切なお友達なのよ」
エリーが素直に答えると、セノンは嬉しそうに笑いをこぼした。
「そうなんだ。ぼくにとってのパパとママみたいな感じかなあ?」
「そうね。きっとそう」
エリーがセノンに笑いかけると、セノンはえへへっと声を出した。そしてまだふっくらとしたその手を、空に向かって伸ばす。
「届くといいね、お手紙!」
「うん。ありがとう」
エリーはその手を辿って、視線を空に向ける。空は変わらず青かった。清く、広く、何もかも包み込んでしまいそうなほど、青い。
セノンは知らないのだろうが、伝書鳥というものは、帰巣本能を利用して手紙を届けるのだという。だから行ったことのないグローリーシティになど、手紙を届けられるわけないのだ。
この選択を後悔してはいない。大切な彼らにもう二度と会えない。それでも、モエギ族のためになるならば、それがエリーにとっての幸福だ。長としての幸せだ。
そのはずなのに、未練がましく手紙を書いて、鳥を飛ばす。モエギ族は森の民。森の生き物はモエギの友。だから何か奇跡が起こるかもしれない。そんな醜い感情で、鳥を空に旅立たせた。
セノンの思いも笑顔も、嬉しいが、苦しかった。きっぱりと過去を断ち切れない情けない長でいいはずない。
「あ、エリー様。ご飯できたみたいだよ。行こ!」
セノンの柔らかな手がエリーの腕を掴む。
「走らなくてもご飯は逃げないよ」
セノンと一緒に皆が集まっている場所に走る。
この手の温もりが、この場所が、エリーのかけがえのない居場所だ。
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