(その20)

「明日から出社する」

と新社長就任のパーティーで宣言した山城社長は、結局のところ会社には現れなかった。

「出社して社長室に入ったらどうする?」

などと鳩首協議していた取締役たちは、拍子抜けしたゆだった。

山城社長が裁判所に提訴したのは事実なので、あとは裁判で争うだけという至極まっとうな結論になった。

・・・堀内取締役の行方は杳として知れなかった。

恋人の若い女優は、スキャンダルをメディアに書きたてられ、すべての仕事をキャンセルして引きこもってしまった。


警察が余興を請け負った奇術師を探し出した。

ところが、奇術師は、仕事を頼まれるとすぐに、ギャラの10倍という大金を現金で受け取り、ピエロの衣装と奇術道具を貸しただけと判った。

当日の深夜までに、それらの衣装と道具は返還されていた。

交渉にやって来て現金を渡して奇術道具を持ち出した30歳前後の長髪の男の名刺は、総務課所属の社員名だったが、そもそもそんな社員は存在しなかった。

現金だったので、銀行口座も名義の記録も残っていない。

奇術師は、興行の都度女性アルバイトの助手を雇うので、バニーガールのことは知らないと言った。


それから10日ほど経ったある日曜日の午後、「俺を殺せば10億円!プロジェクト」の見届け人の仕事があると、多摩川べりの綾子のマンションに呼び出された。

梅雨の晴れ間の強い日差しが、多摩川の川面を照らしていた。

綾子の2LDKの部屋は、いかにも独身女性らしく小奇麗に片づいていた。

向日葵の花柄の布地のソファーに並んで座り、可不可は足元に横たわった。

綾子が、ガラスのテーブルに置かれたノートPCを開き、会議用ソフトを立ち上げると、初夏の日差しをいっぱいに浴びたサンルームの白いソファーに向き合って座るふたりの男が画面に映し出された。

この部屋には見覚えがあった。

竹芝桟橋から出航したクルーズの船内で4人の応募者が夢追い人によって殺され、船はその死体とともに孤島の沖合で沈んだ。

画面のサンルームは、船からゴムボートで脱出してたどり着いた孤島の断崖の上にある白亜の別荘のそれのように思えた。


固定カメラは、左端の白いTシャツに白いジャケットの夏の装いの山城社長を、右端には、拉致されたままの服装なのか、白い長そでのワイシャツ姿の堀内誠一郎を捉えていた。

明るい日差しにあふれた部屋で、どす黒い顔のふたりは、これ以上ないほど険しい顔でにらみ合っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る