(その19)

押し合いへし合いしながら、ひとの流れが出口へ向かっていた。

可不可に、堀内取締役が座っていた席の匂いをかがせ、壇上に立った。

ひとの流れを追って出口へ向かうと思った可不可は、案に相違して、庭の方へ鼻をひくつかせて向かった。

可不可が扉に飛びつくような仕草をしたので、鍵のかかっていないノブを回すと、扉はいともたやすく開いた。

左手の壁に沿ってしばらく進むと、生垣と壁の間の鉄製の木戸に突き当たった。

ここにも鍵はかかっていない。

木戸の先は和風庭園だ。

ホテルの壁に沿って植栽が続き、右手にけっこうな広さの芝地が広がり、中ほどには池と四阿があった。

点在するガーデン灯が、ぼんやりと青い芝を照らしていた。

和風庭園は、宿泊客ならだれでも入れる造りになっていたが、ひと影はなかった。

可不可は和風庭園の先のフェンスに囲まれた駐車場まで這って進み、そこで止まった。

「ここで車に乗ったのか・・・」

そうつぶやくと、可不可はうなずいた。


「堀内取締役はまだ見つからないのですか?」

数日後、ネットサーフィンしている傍らで可不可がたずねた。

「ああ、まだだね。あの時、若手社員たちがピエロを追いかけて地下駐車場に殺到したけど、それらしい車はなかった。拉致されたのはまちがいないだろうが、あのピエロの奇術師がやったのかどうかも分からない」

「警察は追っているのでしょうか?」

「まだ犯罪かどうかは分からないので、それほど本気では探してはいないと思う。だが、みずから失踪するはずもない。今を時めく女優の恋人をゲットして、出世の階段も登りつつある。・・・彼は、まさに幸福の絶頂にいるのでね」

「山城社長を追い落とし、その恋人を奪って・・・」

「それって皮肉かい。・・・なんとでも言うさ。勝ち馬に乗りさえすればそれでいい、というのがこの業界の合言葉だろうから。・・・犯罪ネットでは、ピエロの奇術師とバニーガールの話題で盛り上がっているね」

「そのピエロの奇術師を余興に手配したのは綾子さんですか?」

「おそらく、そうだろう。綾子さんの背後には山城社長がいる。奇術師を探れば、その線で堀内取締役は見つかるにちがいない」

「そのバニーガールはふたりいました」

「ああ、あの瞬間移動のトリックのことね」

あとでよく考えたら、ふたりのバニーガールがいればいいだけのかんたんなトリックだった。

堀内取締役はその台車の中に押し込められて、庭から運び出されたにちがいない。

だいいち、箱を使ってひとを消したり出したりする奇術は、陳腐すぎてお話にならない。

可不可が言う前に、先に瞬間移動のトリックの種明かしをしてやると、

「夢追い人とやらが山城社長を10億円で殺す話と、この若い取締役の拉致とは、どうつながります?」

いささか鼻白んだ可不可がたずねてきたが、何も答えらえなかった。

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