(その17)
壇上に役員が立ち並び、その前のマイクスタンドに立った新社長のスピーチがはじまった。
無難だがチャレンジング精神がゼロの新社長の性格そのもののような、何の面白味もないスピーチが延々と続いた。
その後に、来賓の取引先銀行や投資家たちが演壇に立って祝辞を述べた。
日本経済の輝かしい未来と右肩上がりの市場について、美辞麗句だらけの紋切り型のスピーチで退屈この上なかった。
記者たちが独楽ネズミのように演壇の下を走り回り、写真を撮った。
今夜は、新社長のお披露目パーティーだが、事情が事情なだけに、社員と関係者だけのごく内輪のものだった。
となりには、大きなフランス窓を隔てて小さな芝生の庭があり、三つの丸いテントの下でも小さなパーティーができた。
この日のために紺のスーツを新調し、髪もリクルートカットして髭も剃った。
怪しまれないように会場にまぎれ込んで見張るためだ。
綾子は、新社長のテーブルの末席に座り、宴会場の中央にしつらえたバイキングユニットから大小の皿に取り分けたビーフシュチューやオードブルやらを、新社長と居並ぶ役員たちの前に運んでいた。
記者たちは、新社長にまったく興味はなく、隣のテーブルに座る若い女優の写真を撮りまくっていた。
サテンのパーティードレスをさりげなく着こなした若い女優は、立ち昇るピンクのオーラに包まれ、モナ・リザのように静かに微笑んでいた。
スキャンダルなどとまったく縁のない、透き通った妖精のような女優の美貌は末席からもはっきりと見て取れた。
隣に座る堀内取締役が、こまめに大小の皿にオードブルを盛って運んで来たが、女優は手をつけようとはしない。
いったい、女優というものは、食事という下世話なシーンをひとには見せないものなのだろうか・・・。
美と芸術に奉仕する女優という職業人としての自覚か、あるいは、ひとに見られるということを過剰なまでに意識しているせいなのか?
並んで座る若い女優と美形の堀内取締役のツーショットを記者たちがこれでもかと撮りまくるので、もはや新社長就任のパーティーではなく、あたかもふたりの婚約会見のような場の様相を呈してきた。
小一時間もすると、あちこちでアルコールの入った若い社員たちが大声で喚き散らし、座は乱れた。
・・・そこへ、いずこからともなく、ピエロが現れた。
ピエロが、壇上に黒い幕を張りめぐらし、黒く長い箱を、やはり黒い張りぼての台車に乗せて運んで来ると、宴会場の明かりが消え、スポットライトが直立した黒い箱を暗闇に浮かび上がらせた。
「あれっ、余興なんかあったっけ?」
新社長が、間の抜けた声で、社長秘書の綾子にたずねた。
綾子はそれには答えず、黙って壇上を見ていた。
バニーガール姿のうら若い美女が、黒い箱の裏から不意に現れ、ピエロが黒い箱の暗幕を開き、箱の中を長い棒で探って中に何もないことを観客に示してから、彼女を黒い箱の中に導き入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます