(その16)

まず夢追い人と会おうと思った。

綾子の携帯に定期的に連絡があるという。

というのも綾子が見届け人と支払人の両方を任されていたので、彼は常に綾子に連絡を取らなければならなかった。

山城社長殺しの完全犯罪を実行する日程はまだ決まっていなかったが、その日は近いことだけは確かだった。

綾子に教えてもらったメールアドレスに、

≪可不可探偵事務所が見届け人になったので、一度打ち合わせをお願いします≫

のメールを送ると、ややあって、

≪会うことはできない。このメールもすぐ消去願いたい≫

の返信がすぐにあった。

≪決行日は?≫

≪指示待ち≫

≪場所は?≫

≪指示待ち。送信返信とも即消去願います≫

などのメールのやりとりから、決行は近いと感じた。

おそらく夢追い人は、学校の休暇を取ったか、退職してすでにスタンバイ中と思われた。

なにせ10億円がかかっているので、生徒など相手にしてはいられないのではないかなどと勝手に想像した。

山城社長に綾子から連絡を取ってもらい、決行のおおよその場所と日時を教えてくれるように頼んだ。

すると、山城社長がTV会議をしたいと言ってきた。


綾子とともにシティーホテルに取った部屋にパソコンを持ち込み、リモート会議のソフトを立ち上げると、

「結局、見届け人になったようだな。どうした心境の変化だ」

前に見たと同じ、暗い会議室の大きなデスクの向こうで小さく映る山城社長は、威嚇するようにたずねた。

ここはどこだろう?

「夢追い人の完全犯罪というのに俄然興味を持ちまして・・・」

綾子の切なる願いとか、可不可の1億円への執着などはおくびにも出さなかった。

「社長は、今回の完全犯罪のプランは当然ご存知ですよね」

さぐりを入れると、

「・・・・・」

山城社長は何も答えない。

ただ、唇の左端が微かに動いて笑みがこぼれたような気がした。

「もはや決行は時間の問題と思われますが、社長は死ぬのは怖くはないのですか?」

とたずねると、

「・・・死を飼いならし、死をわが友とし、泰然自若として死を迎える」

仙人だか詩人が歌うように語る山城社長には、死におびえるこころもちなど微塵もないように感じられた。

「恋人を奪い、社長の座を奪った堀内誠一郎を恨むこともなく、尻尾を巻いて引き下がり、おめおめと自殺されるのですか?」

綾子が止めようとするのもかまわず、挑発するようにたずねると、

「・・・・・」

山城社長のうすい唇は、一瞬だけ強張り、何か言おうとしたが、結局何も言わなかった。

・・・感情のゆらぎを感じた。

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