(その15)
「山城からあの女優を奪ったのは堀内取締役です。間もなく週刊誌が書きたてます。・・・社長はだまされたのです。ダブルデートとか称して、カモフラージュのために女優とのデートにまで彼を連れて行っていました」
話が不意にスキャンダルの方に向かった。
「あれだけ信頼していた子飼いの堀内取締役に彼女を奪われて、失意のどん底にいる山城は、社長の座まで追われて、・・・あまりにも可哀想です」
綾子は泣きそうな顔になった。
「でも、会社の社長が失踪してしまっては・・・」
と口をはさむと、
「ひとつは、あの女優のこころを取り戻すためにあんな芝居を打ったのと、もうひとつは、腹心の堀内取締役がどう動くか確かめたかったのです。・・・案の定、取締役は根回しをしておいて、取締役会で解任動議を出しました。・・・山城は知っていたのです。あの野心家の堀内は、じぶんが山城に取って代ろうと虎視眈々と狙っていると」
話が思わぬ方向へ進んでしまったので、
「でも、それが自殺をする理由になるのですか?・・・しかも、他人の手を借りた完全犯罪で」
と横槍を入れると、玲子がそこで口を挟んだ。
「大学の心理学の授業で、『ひとは理由がひとつだけでは自殺はしない、ふたつ揃わなければ自殺はしない』と習ったわ。山城社長は見事にふたつの理由が揃ったわけね」
余計なことを言ったと気が付いたのか、
「あらっ、悪いことを。・・・ごめんなさい」
とあわててじぶんの言ったことを打ち消した玲子の頬は、火の点いたように真っ赤になった。
傍らに寝そべっていた可不可が前足立ちになって、耳元で何か囁いた。
聞こえるか聞こえないかの微かな声だったが、
「1億円」
と聞こえたような気がした。
「ああ、ここで可不可が、・・・いや、僕から提案があります」
綾子と玲子が真顔で見つめたので、どぎまぎした。
「あっ、いやっ、その、山城社長が提案した見届け人になろうと思います」
と言うと、綾子と玲子は顔を見合わせた。
「夢追い人が、完全犯罪で山城社長を殺すのを見届けて、綾子さんに連絡をする。綾子さんはそれを受けて、社長から預かった10億円を渡す。・・・こんな段取りですよね」
「ええ、そうね」
綾子が相槌を打った。
「で、その完全犯罪プロジェクトって進んでいるんですか?」
「だからこうしてあなたに頼みに来たのよ!」
それは愚問だと決めつけるように、綾子は険しい顔で言った。
「山城社長に、可不可探偵事務所として見届け人を引き受けるとお伝えください。ああ、事務所とは、私とこの犬の可不可のことです。・・・それで、夢追い人のパフォーマンスを側で見ていて、いよいよとなったら妨害するのです」
話をしながら、
「そんなにうまくやれるのだろうか?」
と急速に自信がしぼんでいった。
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