(その13)
「みすみす1億円をドブに棄てました!惜しかったです」
漁船に乗せてもらって孤島から式根島にたどり着き、そこから定期航路で竹芝桟橋にもどり、家に帰ってから可不可にクルーズの話をすると、可不可はそんなことを口にした。
皮肉を言っているのかと思ったが、以外と本気のようだ。
「警察に告発しますか?」
「君のいつもの言い草からすれば、そうしたところで一文の得にもならないし、警察は取り合ってくれないだろう。殺人があったクルーザーが死体もろとも海に沈んだのだから、・・・それこそ完全犯罪だ」
「完全犯罪と言えば、その夢追い人とやらは、10億円のために山城社長を殺すのでしょうか?」
「さあ、本人たちは至って大真面目だった。たしかに、法律の埒外であれば、すべては許される。だが、夢追い人がじぶんを殺したと、どうやって証明できる?・・・殺された時には死んでいるのだから。ああ、この表現は不謹慎だが面白いね。綾子さんが確認するしかないか。・・・でも、それでは綾子さんがあまりに気の毒だ」
「山城社長が殺されたのを綾子さんが確認しても、警察に訴え出るとか、10億円をネコババするとかしたらどうなります」
「綾子さんは忠実な社長秘書だから、そこは完璧にやると思う」
「ひとは、最後の最後にならなければ分かりません」
「それはひどい言い方だ。綾子さんに限って・・・」
犬族に、そんなことは言われたくはなかった。
だが、考えてみれば、可不可は厳密には犬族ではない。
父親が造ったアンドロイド犬だ。
では、何者であるかと問われれば、・・・何とも答えようがなかった。
死のクルージングから1週間経った。
世間的には、山城社長は未だに行方不明ということで、社長室で倒れていた中年の男の身元も不明だった。
その後、警察のリーク情報もなく、犯罪サイトへの書き込みもなかった。
・・・だが、山城社長不在の間に会社で動きがあった。
取締役会が開かれ、いちばん若い取締役の堀内浩一郎が出した動議に過半数の取締役が同意し、山城社長はあっさり解任された。
堀内は山城社長の子飼いで、新入社員のころから目をかけてどこへでも連れ回し、社長の引きによって若くして取締役にも抜擢された。
山城社長は、いわば飼い犬に手を噛まれた訳だ。
新社長には、いちばん年長の無能だが無難な取締役が就任した。
さらに1週間ほど経ったある夜、玲子から電話があった。
綾子が、秘密裡にどうしても会いたいと言っているという。
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