(その11)

「さて、本題に入ろうか」

山城社長がデスクの上にからだを乗り出した。

「ちょっと待ってください。僕はここいらで退席させてもらいます。これだと、殺人が行われるのを傍観することになります。・・・ああ、できれば10億円を払って殺してもらうナンセンスなことなどは止めにしてもらいたいです。すでに4人の人間が殺されていますし・・・」

立ち上がってそう言うと、

「ナンセンスかね?・・・殺すほうも殺されほうも納得ずくなんだ。これはごくふつうのビジネス上の契約だよ」

「弁護士の先生に聞いてみてください。・・・これは殺人にからむ公序良俗に反する契約です。契約は成立しません」

「ああ、それは社会一般の契約の話でしかない。相対取引の場合はどんな契約でも成立する。契約書など作らなくともいい。口約束だってかまわない」

山城社長の弁舌は次第に熱を帯びてきた。

「・・・法律論争をしている場合ではありません。金で命のやり取りをするのはおかしいです。すぐに止めてください」

画面の中の山城社長に向かって叫んだ。

「すでに、夢追い人くんは10億円でこの私を殺害することに同意している。私もむろん同意だ。君も探偵なら、彼がどんな完全犯罪で私を殺すか、興味があるのではないかな」

山際社長は自信たっぷりに言った。

「ああ、その話ですか。・・・綾子さんにも言いましたが、この嘱託殺人は成立しません。完全犯罪とは、罪を犯した犯人を警察が逮捕起訴できないで終わる犯罪のことです。それも偶然ではなく、計画し実行して証拠を残さない犯罪のことです。よしんばこちらの方が完全犯罪が成立させたとしても、警察が犯人と断定できないのですから、法律上彼は犯人ではありません。ということは、彼は10億円を受け取れないのです」

「は、は、は、は、・・・」

山城社長が大きな声で笑った。

「何がおかしいのです?」

「君はまだ若い。・・・警察を持ち出したようだが、これはさっき言ったように相対取引でしかない。警察は関係ない。東條くん、君には見届け人になってほしい。10億円は阿久津くんに預けておく。俗にいうエスクロウという取引の手法だ。夢追い人くんが完全犯罪でこの私を殺したと君が見届けたら、阿久津くんにそう言ってほしい。そうすれば、彼女が夢追い人くんに10億円を払う。ああ、手数料として、君と阿久津くんにも1億円ずつ払う。・・・これも公序良俗に反する契約かね。ならば契約書など作らず、口約束でもいい。君はただうなずくだけでいい。この映像は永久保存しておく」

山城社長は、金の力でぐいぐいと押し込んでくる。

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