(その8)
男たちが階下の船室へ消えたあと、テーブルの上に散乱した弁当殻と缶ビールなどの空き缶を片付けた綾子は横のソファーベンチに腰を下し、
「東條さんも飲みます?」
と、バスケットからサンドイッチと小型の魔法瓶を取り出した。
サンドイッチを頬張る綾子を横目に、紙コップに注いでくれたコーヒーを飲みながら、
「さっきのひとが、完全犯罪の応募者のセミファイナルの選考役とか言っていましたが、今回のクルージングのじぶんの役割ってそうなんですか?」
と、たずねると、綾子はしばらく黙っていたが、
「いえ、それはちがいます。選考するのはあくまでも山城です。・・・言ってみれば、見届け人兼ボディーガード役でしょうか?」
「山城社長の?」
「いえ、私のです」
「何を見届けるのです?」
「この『俺を殺せば10億円!』のプロジェクトの顛末を見届けてほしいと山城が申しております。・・・ギャラは、拘束1時間1万円プラス交通費」
「どうしてじぶんなんですか?」
「山城に、PCを覗き見たことと、心配になってあなたに相談にしたことを打ち明けたのです。すると、山城がすぐに可不可探偵事務所のことを調べて・・・」
「綾子さんは?」
「私は、社長秘書としての仕事をするだけです」
「当然、山城社長は瀕死の重傷などではなく、お元気なのでしょうね」
この問いかけに、綾子は顔をこわばらせ、微かに首を振った。
コーヒーを飲み干した綾子は立ち上がり、階段を降りて工具室から銀色の鎖を取り出して船室の前に立ち、両開きの扉の把手に鎖を巻きつけはじめた。
・・・これで、中にいる5人の男たちは、船室の外へ出ることはできなくなった。
展望室へもどると、綾子はステーキ弁当を電子レンジで温め、缶ビールとともに捧げるようにして持つと、操舵室へ向かった。
操舵室で、綾子と同じ白とブルーのボーダーのセーターと白いスラックス姿に白い船員帽の船長がクルーザーを自動運転にして葉巻を吸っていた。
われわれに気づいた船長が振り向いた。
「東條さんです」
綾子が紹介した。
船長はうなずいたが、日焼けした精悍な顔を口髭と顎髭が被い、大きなサングラスが目元を隠しているので、その表情はまるで読み取れない。
「どこへ向かうのです?」
そうたずねたが、正面を向いた船長は、何も答えずに荒れる暗い海を見つめていた。
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