(その7)
ごま塩頭の男が缶ビールをかざして、
「お姉さん、いっしょにやらんかね」
キッチンカウンターの中にいる綾子に声をかけた。
横から蛇目の男が、
「いや、それより、社長秘書さんにこのクルーズの行き先を聞こうよ」
と口をはさんだ。
綾子が首を振ると、
「美人秘書は何も知らんよ」
「船長に聞いたほうがまちがいないだろう」
酔った勢いもあって、男たちはてんでに喚き散らした。
「このクルーズは俺たちの第二次選抜試験だと分かっているのか。・・・ここに集められた5人は、ひとまず書類選考を通っただけだ」
ビールも飲まずに黙々と弁当を食べていた、学校の教師然とした物静かな男が、
「その社長秘書さんと文学青年然としたお若い方が、俺たちを観察して採点していて、その結果を山城社長に報告する段取りになっている。俺たちの中からひとりだけを選んで、完全犯罪で山城社長を殺す役をやらせようという算段さ。・・・みんな完全犯罪のプランを出したよね。お眼鏡にかなった5人が書類審査の予選を勝ち抜いてここに集まった。このクルーズはいわばセミファイナルということだ」
額の髪をかきあげながら言った。
そのひと言で、展望室の騒ぎはしゅんとなった。
「こちらは新進の私立探偵の東條先生でしょう。ああ、たしか可不可探偵事務所とかいったね。ネットでお見受けしたことがあります。先生は選考に深くかかわっていると見た」
教師然とした男が指差したので、みんながいっせいにこちらを見た。
何も知らされていないので、ただどぎまぎするだけだった。
「いろいろご質問があろうとは思いますが、何もお答えできません。私は、みなさんをおもてなしするだけですので」
綾子は必死の思いでそう答えた。
「何時にどこに着くのです?」
茶髪の若い男が冷ややかにたずねた。
「どこに着くかは知りません。ただ明朝目的地に着くことだは分かっています」
綾子が答えると、
「ああ、その言い方だと、・・・秘書さんは山城社長の指示で動いているのがよく分かる。彼は世間を欺いて行方をくらまし、何か派手に仕掛けようという魂胆だろう」
ごま塩頭の男が言った。
「あんな子供だましの密室殺人なんぞ誰にでも見抜けるトリックだ!」
蛇目の男が賛同の声をあげた。
「今夜は下の船室でお休みください。寝具はご用意しております」
綾子がそう言うと、
「クルーザー中に監視カメラが仕掛けてあるから、みんな行儀よくしたほうがいい。われわれは山城社長の監視下にある」
訳知り顔のごま塩頭の男が、辺りを見回しながら仲間に警告を発した。
5人の男たちはぞろぞろと列をなして、展望室の後部の階段を降りて船室へ消えていった。
・・・雨混じりの風が、展望室の窓に激しく当たりはじめていた。
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