(その6)

藍色の空を黒い雲が流れ、波は高く、嵐でも来そうな遅い午後だった。

竹芝桟橋のいちばん奥の、個人所有の大型クルーズが発着するピアの入口に折り畳み式のパイプ椅子とテーブルに座った白とブルーのボーダーのセーターと白いスラックス姿の阿久津綾子は、遠くからでも目についた。

テーブルの前に垂れたトレジャー号と大書した細長い紙も風にあおられてめくれ上がった。

宝島探検にはもってこいだが、行く先の分からない不気味なミステリーツアーには不向きの名前だ。

すでに5人の男たちが、綾子を取り巻くように思い思いのポーズで立っていた。

年恰好も着ているものもちがっていたが、いずれもぎらついた目をした屈強な男たちだった。

「東條さんが最後ね」

と言うと、綾子は椅子とテーブルを畳んでクルーザーへ向かおうとしたが、5人の男たちは手を貸そうとはしなかった。

やむなくいちばんひ弱そうなじぶんが畳んだテーブルを運ぶことになった。


海はうねっていたので、ピアからクルーザーに渡したタラップを登るのに難儀したが、5人の男たちと綾子とじぶんが乗船するとすぐに出航した。

外洋に出ると、クルーザーはさらに揺れた。

日は暮れかかっていた。

綾子が、中央の広い展望室の大きなテーブルを囲むベンチにばらばらに座った男たちに、早い夕食の弁当と缶ビールを配った。

しかし誰も手をつけようとしない。

5人の男は、互いにけん制し合っているようだ。

「せっかくだ。いただこうじゃないか」

いちばん年長の、40歳台後半のごま塩頭の男が、缶ビールを手に取って缶の底を見やった。

「缶の底に穴を開けて注射針で毒を注入してからテープで穴をふさぐテクニックがある」

と訳知り顔で言ってから、プルトップを引いて、ビールを一気に喉に流し込み、

「見ろよ。何ともないぜ」

と笑った。

冷たい目で見ていた他の4人も、同じように缶の底を調べてからビールを飲みはじめた。

「ナンセンス!ビール缶の底に穴を開けた瞬間に泡が噴き出るんで、炭酸系でそのテクニックはない」

5人の中でいちばん若そうな長い茶髪の男が小馬鹿にしたような口調で言った。

「やってみたのかよ!」

ごま塩頭の男がつっかかった。

「じゃあ、この弁当に毒が盛られてないとどうやって確かめる」

ごま塩頭の男が挑発するように言った。

別の蛇のように冷たい目をした男が、弁当の蓋を開けて匂いを嗅ぎ、

「毒は入ってない!毒は独特の匂いがするので・・・。俺は毒に詳しい」

と自慢気に言った。

「じゃあ食べてみろよ!」

とごま塩頭の男がけしかけると、蛇目の男は胡麻のかかった白米を箸ですくってひと口食べて味見をしてから、ステーキ肉を頬張った。

それを見た他の4人もいっせいに弁当に箸をつけた。

男たちが勝手に冷蔵庫から缶ビールやら缶チューハイやらを持ちだして飲みはじめたので、揺れるクルーザーの展望室は大宴会になった。

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