(その5)
可不可と山城社長の密室殺人まがいの事件の話をしてから、新聞に事件の続報はなかった。
事件の解明には、山城社長の行方をさがすしかないということなのだろうか?
犯罪サイトをチェックすると、いろいろな書き込みがあった・・・。
会社の防犯カメラにもセキュリティーシステムにも山城社長が会社を出て行った痕跡はなかった。
社長室で自殺した中年男が会社の受付から社長室に入るまでの映像は追えたが、社長が出て行った映像はないということだった。
・・・瀕死の社長はどのようにして会社を出て行ったのだろうか?
死んだ中年男がナイフと茶碗に残した指紋は照合できず、財布も携帯電話も身元を表すものは身に着けておらず、男の正体は不明のままだ。
この男は喉を突いて自殺をしており、ナイフには自身の血痕と山城社長の血痕があることから、山城社長を刺して重傷を負わせてから自殺したものと思われた。
社長の椅子の下の血だまりの血液型は山城社長のそれと一致した、・・・云々。
もっとも、この犯罪サイトの信憑性は低いので、どこまでが警察のリークなのか、憶測なのかは分からない。
「受付では何と言って通ったのでしょう?」
可不可がぼんやりとした声で言った。
「会社名と名前を登録し、受付の内線電話で担当者を呼び出して迎えに来てもらい、ゲストのIDカードを首から下げていっしょに会社内に入るふつうのやり方だそうだ。社長の客の場合は秘書が迎えに降りて来るのかな?」
「ここでも目撃者は社長秘書だけですね」
「またそれか。綾子さんに現場を案内してもらって詳しく聞き出せば、相当なことが分かるはずだ。・・・でも、彼女から依頼がなければ動きようがない」
可不可とそんな話をした翌々日、真四角の白い封筒が郵便で届いた。
差出人は山城誠一郎で、その下に手書きで阿久津綾子の名があった。
もどかしい手で開封すると、それは山城社長からのクルーズへの招待状だった。
「なんと、行方不明の山城社長からミステリークルーズへのご招待だ」
目の前で招待状をひらひらさせると、
「うれしそうですね。でも、私は行きません」
可不可は冷ややかに答えた。
「へえ、どうして?」
「いや、それは、・・・そもそも招待状に私の名前はないのでしょう?」
「僕が連れて行くと言えばそれでいいのではないかな・・・」
と言いかけて、可不可は水がダメなのかと思った。
鋼鉄やアルミやセラミドなどで出来たアンドロイド犬は、万一海に落ちた時は浮くことができず、真っ逆さまに水中深く没する運命にあるのではないかと疑った。
可不可はそれを知っている。
・・・だが、それはあえて口にはしなかった。
「ああ、来週早々に竹芝桟橋に集合だ。行き先は不明。メモに綾子さんも同じ船に乗るとある。今度の事件のことを聞くチャンスだ。・・・それにしても、よりによって行方不明の山城社長が招待者とは驚きだ」
「警察には?」
「綾子さんのメモには、くれぐれも警察には通報無きようとある」
「危険なクルーズです。考え直した方がいいです。・・・ああ、君子危うきに近寄らず」
「へえ、そんな古いことばをよく知ってるねえ~」
と茶化してごまかした。
追いつめられたネズミが、半ばやけになって背後の壁を蹴って前へ突き進むような、・・・いつも焦った心持ちでいる。
危険なシチュエーションにみずから身をゆだねて、そこから得るスリルと、ひりひりする刺激だけで何とか生き延びていた。
緩慢な自殺というやつか?
「山城社長の『俺を殺せば10億円!』の恐ろしい殺人事件に巻き込まれます。それに・・・」
「それに?」
「いったん海に出れば、携帯はつながりません、・・・私も側におりません。」
可不可は真顔で言った。
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