(その4)

六本木ヒルズで3人で食事をしてからひと月ほど経ったある朝、広げた朝刊の三面に、「IT企業社長の山城誠一郎殺害か?」の記事があった。

「自社ビル最上階の会社の社長室の床に、致死量に相当する大量の血痕があったが、当の山城社長の姿が見えず、犯人と思われる来客の中年男が自殺体で見つかった」

と数行で伝えていた。

これだけだと何も分からないので、犯罪ネットを探ると・・・。

終業間際の6時過ぎに貧相な中年の男が山城社長をたずねてやって来た。

秘書がお茶を出した時は、会議用のテーブルを挟んで向き合っていたが、7時ごろに「長くなるので帰っていいよ」と社長が言いに来たので、秘書は洗面所で身支度をはじめた。

いざ帰る時になってお茶碗を下げるのを忘れたので、扉をノックして社長室に入ろうとしたが、鍵がかかっていた。

社長室は全面ガラス張りだが、来客の時はブラインドを下している。

下がり切っていないブラインドの下端の隙間から横たわる男の脚が見えた。

さらに扉を叩いても返事がないので、あずかっている合鍵で扉を開けて部屋に入り、来客の中年の男が右手にナイフを握りしめて壁際で倒れているのを見つけた。

だが、山城社長の姿はどこにもなかった。

社長の椅子の下あたりに鮮血が水たまりのように広がっていた・・・。

などと、社長秘書を取材したという詳しい報道が見つかった。

社長秘書とは阿久津綾子のことだろう。


黙って聞いていた可不可は、

「来客の中年男はほんとうに自殺だったのですか?」

首を傾げながらたずねた。

「ナイフを握りしめて倒れていたと綾子さんは言っている。新聞が自殺と書いているのは警察の発表をそのまま書いたのだろうから、じぶんで喉か胸かを突いたと考えていいだろう」

「倒れたのは、うつむきか、仰向きだったかはどうです?」

「ここでは、犯人は倒れていたとしか書いてないね。・・・ふつう、喉とか胸をナイフで突いたら前のめりに倒れるのかな?」

可不可はそれには反応しない。

「社長室の鍵はどうです?」

「外から開かなかったというのは、内鍵がかかっていたということだろうね。内鍵を掛けたのは山城社長しか考えられないが、その社長は部屋にはいなかった」

「密室状態だったと言いたいのですか?」

「情報だけを読めばそういうことになるね」

「いや、そう見せたいだけでしょう。合鍵をあずかっていた社長秘書が、部屋の鍵を外から開けた。ということは完全密室ではありません。山城社長が、部屋を出る時に鍵をかけただけのことです」

可不可はやけに冷静だった。

「瀕死の山城社長にそんな冷静な行動ができたのだろうか?」

「ITの会社はそれこそセキュリティーが厳しいでしょうね」

こちらの問いかけは無視して、可不可は別の話に向かった。

「会社は30階建てのビルの上半分を使い、社長室は最上階だ。ビルのひとの出入の管理は当たり前だろう。会社の入口だけではなく、部屋を出入する時もIDカードで管理しているはずだ。会社の中も廊下も階段もエレベータの中も防犯カメラだらけのはずだ。ひとが移動すれば必ずカメラには映っているはずだ。ああ、警察はまだ防犯カメラをチェックしていないと思うけど・・・」

可不可は答えない。

「そう考えると、すべてが曖昧模糊としている。だいいち致死量ほどの出血をしていたなら、自力で歩くこともままならない。それが忽然と消えていなくなるとはね!」

「山城社長って、もともとITの技術者でしょう」

スフィンクスのかっこうで考え込んでいた可不可がたずねた。

「ああ、そうだね。けっこうIT技術の特許も個人で持っている」

「たぶん、会社のセキュリティーシステムもぜんぶじぶんで設計したのでしょうね。事件は自宅ではなく、会社で起きたのがミソです。しかも目撃者はじぶんの秘書だけです」

「おい、おい。ずいぶんなことを言ってくれるね」

そうたしなめたが、呆れて開いた口が塞がらないとはこのことだ。

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