(その3)

持って来たノートPCを開き、自殺サイトや犯罪サイトを立ち上げてから、モニター画面を窓側向きにした。

ふたりが横から首をひねるようにして画面を覗き込んだ。

「あまり細かいところは読まないほうがいいです。暗い世界ですから、・・・うっかり引き込まれては大変です」

「山城がこんなサイトを見ていると思うと、ぞっとしますわ。・・・あの女優さんに振られてやけになっているのです」

綾子は、驕慢で悪名の高い若い女優に当てこすりを言った。

「サルベージソフトを起動して、古い書き込みを再現します」

ノートPCのキーボードに、「俺を殺せば10億円!」とキーワードを入力しようとすると、

「あっ、これって社長のプライバシーを覗き見ることになりません?」

じぶんが山城社長のPCを覗き見たことを棚に上げて、綾子はENTERを押す手をさえぎった。

「いや。このサイトは階層の奥深くにあって何重にも守られていますが、数種類の異なったパスワードを根気よく入力すれば、誰でも閲覧できるサイトです。プライバシーの侵害には当たりません」

それを聞いた綾子は安心したのか、伸ばした手を引っ込めた。

それとも、山城社長の秘密に触れたいという誘惑に勝てなかったのだろうか?

数種類のパスワードを打ち込んで複雑な手続きをすると、山城社長の投稿「俺を殺せば10億円!」が現れた。

「興味のあるひとはじぶんの端末に保存すれば、いつでも返信できます。ああ、すでに千件以上の問い合わせメールが届いています」

「千件も!」

「限定条件の完全犯罪をスルーして、10億円に目がくらんだ輩も大勢いるのではないでしょうか?」

綾子の顔は再び暗くなった。

彼女の表情は、このごろの天気のように目まぐるしく変わる。

「でも、スクランブル化されているので、当事者以外にはプライバシーは守られています」

「スクランブルを解く事ってできます?」

「ええ、できます。・・・ただ、暗号解読と同じなので、どの解読ソフトが適合するかいちいち確かめる必要があります。それも千件もあります」

どうやら、綾子はメールのやり取りに強い興味を持ったようだ。

「スクランブルがかけられたメールを読むのですから、やはりこちらはプライバシー侵害の問題が生じるでしょうね?」

綾子はプライバシーにこだわった。

「それはあります。・・・が、自殺とか殺人を未然に防ぐという社会福祉的というか犯罪防止的な視点から見れば許されるとも言えます」

それを聞いた綾子は考え込んでしまった。

「でも、よく見てください」

そう言ってから、山城社長の発信した「俺を殺せば10億円!」の書き込みを拡大してモニター画面を綾子に向けた。

「発信者のコードネームがXで、メールアドレスにスクランブルがかかっています。これだと誰が発信者か分かりません」

「では、このメールの発信者が山城だとは世間は気がついていないのですね?」

「ええ、でも、そのうち騒ぎが大きくなれば、警視庁のサイバーセキュリティ隊が黙っていないでしょうね。何しろ殺しの報酬の10億円は破格ですから。・・・ほとんどのひとは悪い冗談だろうと思でしょうけど」

そうは言ったが、すでに金に飢えた千人からの有象無象が山城社長にコンタクトしていた。

「ああ、それはいいですね。・・・むしろ、警察に訴え出た方がいいのかもしれません」

綾子は、やっと肩の荷が下りたのか、ふうっと大きく息を吐いた。

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