(その2)

山城社長は、一時はメディアの寵児だった。

次々と新規IT事業を立ち上げ、会社を高値で売り飛ばして資産を築いた山城誠一郎だが、今では巨大資金をバックに敵対的TOBを仕掛ける、もの言う投資家として恐れられていた。

私生活では、離婚結婚を何度も繰り返したあとに、高名な若い女優と浮名を流したが、手ひどく振られてしまってから急速にメディアに登場しなくなった。

「落ち込みようは、それはひどいものでした。しばらくは銀座で憂さを晴らしていたのですが、最近はすっかり引きこもりになってしまい・・・」

綾子は美しい顔を曇らせて、山城社長の近況を語った。

・・・大富豪が引きこもりとは、笑える。

「何かお顔も暗くやせ細って、たまに会社に出てこられても、社長室に閉じこもってパソコンのモニターとにらめっこばかりで・・・。それが、『俺を殺せ!』でしょ、恐ろしくって・・・」

綾子は、今にも泣き出しそうだった。

「東條くん、何かアドバイスはないの?」

ここで玲子が割って入った。

「・・・たしかに、自殺サイトに自殺願望の書き込みをしたひとの、自殺をほう助するお助けマンみたいな人間もいます。しかし、これはほう助ではなく、れっきとした殺人です。でも、山城社長の場合、・・・『じぶんを完全犯罪で殺せば10億円進呈!』と挑発しているようにも思えます」

「挑発?」

綾子と玲子が同時に声を上げた。

「お助けマンを挑発してゲームを挑もうというか・・・」

「ゲームですって?」

綾子が眉をひそめた。

「・・・山城社長は、じぶんの命をかけたサバイバルゲームでも仕掛けて、憂さ晴らしでもしようというのでしょうか」

ひとは暗い絶望感に捕らえられると、一か八かのギャンブルに賭けて刹那的なスリルで快感を得ようとする。

あるいは、そこに何か絶望感から抜け出せる大穴的な抜け道があるのではないかと思い込む。

だが、元々が絶望感からはじまったことなので、抜け道をどこまで抜けても、救いようのない無限ループの絶望感にはまり込むだけだ。

・・・ふたりにそんな話をしても伝わらないので、胸の中にしまい込んだ。

「でも、山城社長を殺しても、ほんとうに完全犯罪が成立すれば、警察に逮捕されることはありません。10億円を受け取るには、逆にじぶんが犯人と名乗り出なければなりません。それで、・・・殺人犯と断定されれば、10億円は受け取れません」

ふたりの美女は首をひねった。

「・・・それでは、そもそも、『俺を殺せば10億円!』というキャッチフレーズは成立しないのではないですか?」

恐る恐るたずねる綾子の表情の裏に、安堵の気持ちがわずかに見て取れた。

「たしかにそうよ。そんな矛盾した契約なんか成立しないわ」

玲子も、勇気づけられたように声をあげた。

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