俺を殺せば10億円!~引きこもり探偵の冒険6~

藤英二

(その1)

日曜日の朝といっても、こちらは夜昼逆転した毎日が日曜日の自堕落な生活なので、元同級生の内村玲子が久しぶりに電話をくれて、

「日曜の朝早くに電話してごめんなさい」

と謝られてもピンとこなかった。

玲子の電話の用件は、客先の会社の社長秘書の相談に乗ってもらえないかということだった。

ランチをご馳走するので今からどうかという。

外が明るくなったので、寝ようと思ったが、・・・特に断る理由もない。

それで、六本木ヒルズの最上階のカフェテラスで会うことになった。

亡くなった父親の紺のブレザーを拝借して、下はジーンズと白いデッキシューズでしょうがないが、問題は伸び放題の髪の毛と無精髭だった。

さんざん迷ったが、髪はうしろで束ねて縛り、髭だけは剃った。


六本木の空はうらうらと晴れていた。

さすがにビジネス族の姿は少なかったが、その分家族づれの観光客が目立った。

最上階のカフェテラスは会員でなければ入れないので、最上階のエレベータホール正面のソファーに深々と腰を下して待ったが、組んだ足の白いデッキシューズの汚れが気になったので、窓際に立って芝浦方面の街並みを見るともなく見ていた。

やがて、玲子がすらりとしたモデル体型のうら若い美女とそろってやってきた。

美女は律儀にお辞儀をして、今を時めくベンチャーIT企業の社長秘書の阿久津綾子の名刺を両手で差し出した。

こちらは、渡すような名刺など持っていないので、両手で受け取ってすぐにポケットにしまった。


代々木の緑と新宿の高層ビルを望む、カフェテラスの窓際でパスタランチをご馳走になった。

女性ふたりは、フォークを動かしながら互いの仕事の忙しさを嘆き、こちらにはお構いなしに、共通の知人の噂話で盛り上がっていた。

カウンターからお代わりのコーヒーを運んで来た綾子は、

「個人としてのご相談なので、会社からの仕事の依頼にはならないかもしれません」

と恐ろしいほど生真面目な顔になって、本題の話をはじめた。

「・・・山城社長がパソコンを見ていて急に具合が悪くなったことがあります。救急車を呼ぼうとしたのですが、社長がそれはいいと言い張って医務室でしばらく横になっていました」

そこで、綾子はあたりを見回してから声をひそめた。

「社長はデスクの上に少しばかり吐いたので、パソコン周りを掃除をしていて、ふと、立ち上がったままの画面を見てしまったのです」

綾子は顔を寄せてさらに声をひそめ、

「何か怪しげな裏サイトというか犯罪ネットとでもいうのでしょうか。そのネット上に、社長は、『俺を殺せば10億円!』と書き込みをして、じぶんを殺す殺人者を募集していたようなのです」

一気に言ってから綾子は溜息をついた。

「それって自殺補助のこと?」

前のめりになった玲子が、やはり声をひそめて横から口をはさんだ。

「さあ、どうでしょう。しばらくして社長がもどられたので、モニターから離れてしまい、それ以上のことは分かりません。・・・でも、心配で、心配で」

恋人の身を案じる乙女のように、綾子は胸の前で手を合わせて身もだえした。

・・・社長秘書の仕事を超えて、綾子は山城社長に恋をしているのかもしれない。

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