第11話
「…………鋭利なフォークで喉を潰し、止めは絞殺。悪くない手法だ。残酷さには欠けるがな」
ガタリと扉が開く音が背後から声が聞こえる。咄嗟に振り向く。息を呑んだ。煉獄の焔のような赤紫色の腰まで伸びた長髪。怪しい金色の眼球が品定めするように僕を見る。雪のような肌をした囚人の少女。
「どうした。そこで立ち止まって。我が突然、走り出して逃げ出すやも知れぬ。すぐさま殺しておくほうが賢明だぞ」
くつくつと嗤いながら言う。死体を見てもなんとも思っていないその精神が空虚でどうしようもなく恐ろしい。
「君は、誰?」
「そうか、そうか。我の名が知りたいか。どうしてもと言うなら特別に教えてやろう。我が名はヘレン・ラクト・フォーリエ。異界の大魔王である」
胸を張り、フフンと鼻を鳴らす。痛い子なのかも知れないと思った。僕の目を不満そうにヘレンは見る。
「貴様。信じてないな。信じていないな。ああ、クソッ! 生憎真の姿を取り戻すことはここでは叶わぬのだ」
ヘレンは首元を触って言う。首元には赤く発光するチョーカがついていた。Anti-Magicチョーカ。魔術の起動で爆発する。彼女は魔術持ちだ。だからどうした。使えないならばただの人間。
「君こそ、僕のこと見つけた時点でさっさと看守のもとに走り出すべきだった」
「ハッ! 貴様面白いことを抜かすな。我に、この我に、尻尾巻いて逃げた方が賢明だったと言うか。――喰い殺すぞ」
ヘレンが目を細めた瞬間。部屋の空気が凍りつく。僕の息が荒くなる。心臓が爆発するように鼓動。僕は既に地を蹴っていた。飛び上がり横の白い壁を蹴ってヘレンの背後を瞬きの間に取る。拳を頭部に叩き込む。
「…………強いね」
ヘレンが僕の右手首を掴んでいた。
「この我だぞ。人間の小僧一人に二度も殺されてはたまらん」
痣ができそうなほどの力で握られている。彼女の気分次第で骨が折れるだろう。僕はすぐさま手首を捻る。鈍い音が鳴って手首の関節が外れる。激痛に歯を食いしばりながら拘束を抜ける。ヘレンが目を見開く。僕は軸足を地面につけて右回し蹴り。ヘレンは左腕を縦にして防ぐ。彼女は痛みで顔を歪める。魔王と嘯く割に素の耐久力は低いらしい。殺せる。
僕は外していた関節を無理やり戻し姿勢を下げる。右拳で腹を狙う。ヘレンは咄嗟に地を蹴って後に跳んだ。予想通り。僕はそのまま左足を伸ばして彼女の腹を蹴る。
「ゲホッ! 貴様おなごに容赦ないな。それでも人間か!?」
ヘレンは吐き出した唾液を拭う。
「君は魔王だろ。殺せば英雄だな」
僕はそこら辺にあった救急箱を持ち上げて投げる。ヘレンは驚異的な動体視力で箱を捉え頭を逸らして避けた。僕はその顔面に右ストレートを叩き込む。顔面に叩き込まれる直前、彼女はその場から消えた。空振った勢いを止めきれず視界が急激に地面に向かう。咄嗟に受け身を取ろうとして手を伸ばす。真上から脳天に衝撃。僕は受け身さえ取れずに床に顔面から激突した。
「魔王が人間と同じ身体能力な訳がないであろうが。さっきは受けた方が確実だから受けたのみよ」
ヘレンの靴が僕の頭を踏みにじる。僕はすぐさま周囲を把握し打開策を探す。僕の眼前に黒い銃口が突きつけられていた。リボルバーだ。
「言っただろう我が逃げる必要など無い。最初から殺すことが目的ならば殺しているさ。貴様の拘束が目的だ」
「……何が望み? 僕を拘束して何も無いと思うけど」
「いーや、あるさ。見事な体術だ。鈴音努。――我の従者となれ。我々はこの忌まわしき監獄から脱出する」
ヘレンは口の端を吊り上げて嘲笑った。
「君が……噂の脱走した囚人?」
「いや違うな。我の登録情報は第一収容棟に移動を命じられた勤勉な特殊囚人だ」
「その勤勉な特殊囚人君は今は何してるの?」
僕は薄ら寒さを感じる。
「さあな。どこかで幸せに暮らしているじゃないか」
ヘレンは興味なさそうに冷たく言った。
「そりゃ、羨ましいね」
僕は体を震えを認識する。
「拒否権は……」
「首一本で勘弁してやろう。苦しみなく殺す。我は慈悲深いからな」
彼女は本気でやるだろう。僕はヘレンの獰猛な黄金の瞳を見て確信。死にたくはない。
「分かったよ。ヘレンさん」
「契約成立だな」
ここに魔王と人間の理不尽すぎる契約が成立した。
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