第9話
朝食の際、アンジェルの口から二つの死体が見つかったことが伝えられる。見せつけるように並べて鉄格子に吊り下げられていたそうだ。
「第一収容棟の北東渡り廊下は今後警備を設置することになりました。人気のない場所は必要以上に出歩かないように」
アンジェルはそのまま食堂から出る。食堂は静寂に包まれる。遠目にサラが呆然と座っているのが見えた。僕は無言で立ち上がり仕事場に向かった。死人が出たからと言って特に内容は変わらず。サラと並んで看守のために服を縫う。
最後までサラは無言だった。仕事が終わり帰路につく。
「囚人。殺人のことは聞いているな」
相手の意見など聞かずに第三強化服を来た看守がこちらに詰め寄ってくる。疑われているのだろうか。
「……はい」
「気にするな。ただの事情聴取だ。昨日の朝六時頃、何をしていた」
「ジャックと一緒に洗濯物を配布していました」
「うん? 起床時間前だぞ」
「ええ、ボランティアで手伝ったら。お菓子が貰えるんですよ」
「…………なるほどな。お前が第一発見者か?」
「はい。見つけた時には既に」
僕は死体を想像して嗚咽を覚える。充満する血の匂い。不自然に曲がった首。
「まあ、いい。落ち着いてからまた聞きに来る」
看守は僕の様子を見て立ち去る。ジャックの死を認識し、目頭が熱くなった。
ノックもせずに雑居房に入る。サラが隅で蹲っている。二人だけだ。今日の朝まで三人だったことを余計に意識してしまう。僕は唇を噛み締める。
「サラ……僕たちも殺されるのかな」
畳の上に立った瞬間、そんな言葉が溢れていた。頬を涙が伝った。気丈に振る舞おうと決めていたのに新しくできた友人の死を認識したショックは想像以上だった。視界が狭まり、呼吸が荒くなる。視線は縦横無尽に彷徨い、敵を探す。畳の隙間が異常に気になる。気になる。気になる。気になる。
「努、努、つーとむ!!」
パンと目の前で手を叩かれて、僕は意識を取り戻す。失態に気づいて、頬に伝った涙を急いで拭おうとする。その前に、絹のような柔らかな指が涙を掬っていた。サラが無理やり破顔していた。
「そんなに気に病まない! ジャックが死んだのは悲しいけど。ジャックだってさ、ずっと覚悟してたと思うよ。この監獄に入った時点でいつ死んだっておかしくないんだから。あいつの分まで精一杯生きてやるだけだよ」
サラが僕の頭の上をぐりぐりとする。
「痛い痛い!!」
「痛いってことは生きてること。大丈夫! お姉ちゃんに任せなさい」
サラは胸を張る。無理矢理で不自然で不格好な笑顔を見て、僕は笑ってしまった。
「ちょっと、何笑ってのよ」
「いや、だって。お姉ちゃんなんて」
「うっさいわね。知ってるわよ。似合わないぐらい」
「けど。そのありがとう。ちょっとマシになったよ」
「ならば良し! もうこういう時は何も考えずさっさと寝るわよ。寝たら治る!」
「そうだね」
サラはさっさと座布団で顔を覆い隠して布団に潜り込む。僕も横になった。瞼を閉じる。既に二人。警戒度上昇。更に殺害。……間隔は四日ごと。最低限の目標は達したが、まだ足りない。念には念を。
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