第8話
いつものように洗濯籠を持って棟の部屋を回る。何度も繰り返したせいか、最適な移動ルートは瞬時に導けた。人の配置、行動時間。傾向。全て把握済み。事前準備は完璧。
「よお、そろそろ終わりそうだな努」
丁字路でジャックと合流する。
「うん、流石にもう慣れてきたよ。三十分で終わるんじゃないかな」
「だなー、今度サラの奴も誘ってやるか」
「いいですね」
鼻孔を鉄のような匂いが刺激する。僕は大げさに鼻を抑える。
「ねぇ、ジャック。なんか変な匂いしない」
「そうか……マジだ! この匂い……」
ジャックは何かに気づいたのか呆然とする。
「ちょっと、見てくるよ」
「あっ! 待てよ!」
僕は静止を振り切って走り出す。直進し角を曲がる。コンクリートの床が音を立てる。緊張と恐怖で周囲の雑音が静まる。もう一個角を曲がる。渡り廊下に出る。そこには防護柵に結ばれた包帯で首吊った男が居た。体中を殴打され、肉を削られており傷口からポタポタと血が垂れている。曇天の空。風が吹く。
僕は呆然とその場で直立していた。
「おい、努。大丈夫か! うっ!」
ジャックは死体を見て吐き気を催したのか、床に膝をつく。顔が青白く汗が出ている。血に恐怖心があるのか。冷静にジャックを見下ろしながら思った。改めて死体を見てみる。
「死因は首を吊ったことによる呼吸と脳の血流の阻害による死亡。体から血が出ているのは、争った後、それとも……」
僕は顎に手を当て考えながら辺りを見渡す。人の影はない。看守も来ない。いるのは死人と僕らだけ。
「すげぇな。お前、すまん。俺はちょっとトラウマあってな」
「大丈夫だよ。犯人は僕らの周囲には居ないみたいだし」
「流石にこれは看守に報告しなくちゃな。俺たちの身が危ない」
ジャックは落ち着いたのかゆっくりと両腕をついて立ち上がる。
「ねぇ、ジャック。ミイラ取りがミイラになるって知ってる?」
「いや、知らねぇ。ミイラって何だ?」
「包帯でぐるぐる巻きにされた人間の死体だよ。前半の部分は薬みたいなやつのことで、後半はそれ。探しに行った人が遭難したりするのが良い例だね。今度使ってみるといい」
「あ、……ああ」
その言葉に何の意味があるんだ。ジャックは困惑した顔で僕にそう伝える。
「ミイラを探しに来たのはジャック、君だよ。探すべきミイラはすぐ目の前だ」
歌うように流暢に言う。首吊り死体を指差した。明らかに首を吊られただけで、即死しているはずなのに、ついさっき傷つけたかのように濃密な血の香り。僕は唇を舐め白い手袋をしっかりと嵌め直す。ゆっくりと後のジャックに笑顔を向ける。
「死人に口なし。誰も君を語らない。……もちろん僕もね!」
僕はコンクリート踏みしめ蹴りを放つ。ジャックは反応できない。頭部を横から蹴り飛ばした。鉄格子に衝突。どくどくと溢れるように赤が広がる。
「大丈夫。殺せばすべてなかったことになる。君の死も、僕の罪さえも。……ごめん」
僕はポケットから包帯を取り出して引き伸ばした。
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