第4話
「仕事いくぞ」
ジャックに頬を摘まれ叩き起こされる。寝ぼけた瞼を擦る。部屋の掛け時計を見る。六時だ。まだ朝食の前。けれど、とりあえず言われるがままにジャックについていくことにした。
薄暗い部屋に明かりがつく。無数の籠の中に雑に畳まれた洗濯物が入っていた。
「これを全員に配る。それが今日の仕事だ」
「まだ、就業時間は早いよ」
あくびをする。少し眠い。
「ふっふふ、そう思うだろ。それが普通だ。だからこそこういう仕事をやることに意味があるのさ」
ジャックは両手で重たい籠をぶら下げ、それを渡して来る。
「まあまあ、期待しとけよ。ちゃんと得があるからさ」
ジャックはニヤリと笑った。
「洗濯物届けに来ました」
「おう、あんがとよ」
細身の筋肉質な男が手を軽く挙げる。僕は扉の側に洗濯物を並べる。
「なあ、聞いたか。アイツ、死んだらしいぜ」
「知ってる。知ってる。何度も聞いたよ。他の奴らも噂してた。真面目だったのにな。運が悪い」
「いや、どうせ裏で何かやってたんだよ。外面の良いやつほど怪しいってもんだぜ」
「それも一理ある」
「ニ年前の監獄の大改革以降、人が死ぬのなんて珍しくもねぇよ」
部屋の男たちの声が聞こえる。誰かが死んだらしい。
「だとしても地下行きは酷すぎだ。どんな悪代官でも泣き叫んで命乞いするらしいぜ」
地下行き。それはこの監獄で最も有名な噂。地下に行った者は誰も帰ってこない。骨一つ残りはしない。ある時は地獄の番犬、はたまた蠱毒の実験場。姿形を変えて飛び回る噂。
「どうしたんだ、努」
考え事をしていると、合流したジャックが声をかける。洗濯籠はほとんど空だ。
「地下の噂だよ」
「あー、あの胡散臭いやつか」
「信じてないの?」
「ないって訳じゃない。人が処刑されてんのは実際事実だしな。けどな、だとしても俺らに何ができるってんだよ。看守の奴らはともかくアンジェルは明らかに魔術持ち。俺、昔見たことあるんだ。アンジェルが戦うところ。この房には珍しく気性の荒い奴でな殴りかかったんだ。そしたら――左腕が消えた。……そいつは翌日から居なくなったよ。たぶん地下送りだろうな。だからさ、俺たちにできることは精々、可愛らしく尻尾を振って殺されないように気をつけるだけだ」
ジャックは顔を俯かせた。
洗濯籠を置きに戻ってくると、仮面を被った看守が無言で直立していた。
「ほーい、本日も俺が先に来て終わらせたぜ」
「…………これだ」
看守はゆっくりと口を開く。差し出した手には小さなビニール袋の小包がある。中には形と色が鮮やかなクッキーが入っていた。ふと、僕に気づく。慌てて服を弄り薄い銀紙を取り出す。
「チョコレート?」
「…………」
看守は僕に手を突き出して銀紙を押し付ける。僕はされがままにそれを受け取る。銀紙に包まれたチョコレート。元居た世界だったらよくあるものだが、ここは違う世界だ。
「おっ! ラッキーだな。努。そいつは上手いぜ。ちょこれーとって言うらしい」
「ああ、うん……」
どこから入手しているのだろうか。
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