第3話
昼からの移転にも関わらず看守長に慈悲はない。
「勤労こそが神の意思に叶うのです。『主はおっしゃいました。労働とは神への奉仕である。月が隠れる頃に祭りを催しその成果を見せよと』。労働は素晴らしいことです。努君はせっかく健康な肉体があるのですから可能な限り働き貢献しなさい」
だそうだ。生憎、僕は大半の日本人の例に漏れず神社に行き、クリスマスを祝う人間だ。よく分からない。それがアンジュルの異世界の宗教となれば尚更だ。アンジェルは見るからに僕と同じ世界の人間ではない。心の中で不満を言い、学校の教室のように等間隔に並べられた木の机を見る。配置につく。本日の刑務作業は洋裁。服の作成だ。台の上には綺麗にデザインに沿って切り分けられた布が並べられている。仕事はこれを針で縫い合わせること。
素早く針に糸を通し布を取る。僕は横に置いてある服のデザイン画を見ながら無心で針を通す。僅かな糸だけを残してフィニッシュを決めた。成果物を広げてみる。小さな手のひらサイズの布がT字型に広がった。
「…………」
「ねぇねぇ、あの新しい人。出来上がったパンティー見て歓喜してるんだけど」
「危険人物だわ。アンジェルさんが連れてきた人だからまともだと思ってたけど……いやアンジェルさんまともじゃないか」
「おお、同志よ!」
僕は後から聞こえてくるヒソヒソ声を鉄の精神でスルーする。これは仕事だ。
「ねぇ、……えーと」
作業していると長身黒髪の女性に話しかけられる。よく見ると耳が長い。
「鈴音努です」
「そうそう、努君。アンジェルさんにも許可されてるし、看守の服を縫ってくれない」
「分かりました」
女性の後を追って部屋を移動する。隣の部屋だ。三個の机が並べられ無言で二人が作業している。僕は空いている席に移動する。机の上には黒い布が並べられていた。第一収容棟に入る際に見かけた看守の服と同じ材質だ。
「第三強化服。看守の一般的な装備だよ。AM物質って何か知ってる?」
「いえ、AMチョーカーは知っています。あれと同じようなものですか?」
「そうそう、魔術を無効化する素材だよ」
魔術。僕たちの世界の理解を超えた現象を引き起こす超常の力。漫画やライトノベルだとありがちなものだ。持っていない僕としてはただただ魔術は物騒な兵器でしかない。
「なるほど。何か、普通の布と縫う時に違いがあるんですか?」
「針がちょっと通りにくいくらいかな」
「では問題ありません」
女性は僕の反応に満足したのか頷く。僕は集中。針に糸を通して作業を再開した。
午後四時十四分、刑務作業を終える。廊下を通りアンジェルに指定された雑居房に向かう。
「ここ……か?」
四◯四号室。美しさもへったくれもない文字を見て、手元の資料を確認する。
「失礼します」
僕は身についてしまった常識からノックをして灰色の扉を開けた。部屋の中は煉瓦とコンクリートの廊下とは異なり。畳と襖、敷布団がある。何故か和風の作りだ。第二収容棟もそうだった。誰かの趣味なのかも知れない。座布団に座っていた男女二人が来訪者である僕を見る。
「鈴音努です。今日第二収容棟から第一収容等に移転しました。この房を利用することになったのでよろしくお願いします」
「そこまで固くなるなよ新人。俺、ジャック・ウィンテール。よろしく」
灰色の逆だった髪の男が寝転びながらひらひらと手を振る。
「ああ、うん」
僕は返事をしながらも上の空。ジャックの隣に座る少女を見た。短く切りそろえられた金髪と人懐っこそうな茶色の瞳。
「あれ、男女同室は禁止じゃなかった?」
「ぜんぜーん、大丈夫。第一収容等に危ない人は少ないから。それに同室者は特に今までの経歴とかチェックされてるしね。私はサラ・クレマン。サラでもクレマンでもどっちでもいいよ」
にこやかな微笑み。僕も心なしか明るくなりそうだ。
「なら安心した。よろしくサラさん」
サラは満足そうに腕を組んで頷く。寝転んでいたジャックが立ち上がる。
「第二収容等から来たのか?」
「そうだよ」
「そりゃ運が良かったな。それとも真面目だったのか。第二と第三は殺人ばっかだって聞いたけど、それマジ?」
「……うーん。部分的に本当。殺人事件は僕も何件か知ってる。フォークで眼球抉り取られた人も居たかな」
「うわっ、物騒。絶対行きたくない」
サラは怖がるように体を抱きながら言う。
「まあ、いつもって訳じゃないけどね。時折だよ」
僕は畳に座りながら言う。
「S19世界の奴の癖に随分肝座ってんな」
僕と同じ世界出身の知り合いでも居るのだろうか。ジャックは苦笑いする。
「平和ボケした世界の住人だって魔境に放り込まれたらなんとか適応するんだよ」
「まっ、そうじゃねぇ奴は死んでるわな」
「君はどこの世界出身?」
「M98」
「地獄じゃん。魔術だらけだよ」
M98世界。過去の知り合いからの話によると人間と魔族が断続的に戦争を起こしているらしい。魔術はもはや常識。
「私はM08」
「結構平和だね」
「うーん、けどやっぱり酷い状況も起こるよ。そこの男の世界ほどじゃないけど」
「うっせ。人の世界を魔境にみたいに言うなよ。確かに魔王とか英雄とか居たけど」
ジャックは不服そうに言う。
「ああ、そういえば最近脱走した奴が居るって噂聞いてっか」
「知ってる。特殊囚人でしょ」
「そうそう、天下の魔術持ちの特殊囚人様。こえなー。脱獄されて、看守でも見つけられないなんてどんな厄介能力だよ」
「もしかしたらこの三人の誰かに化けてるかも?」
「うっそ! 誰、誰、誰!」
サラが壁によって本気でビビっていた。
「冗談だよ」
けど、何処に居るか分からないのもまた事実だ。
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