4.正しいアンガーコントロールとは

 人に四千字近い駄文を読ませておいて、斯様なことを言うのも身がすくむが、実際、私は心理の専門家でもなければ、神経を専門とする医者でもない。もっといえば、たかが知れた二十一歳の学生でしかいないわけで、アンガーコントロールについて、学術的に述べたり、一つの真理を見出したりすることは不可能に近い。ゆえに、以降より本題らしく記される、正しいアンガーコントロールについての記述は、所詮、私のパトスによって成り立った独りよがりの論証といっても過言ではないのかもしれない。

 さて、冒頭では、深呼吸とか、青い色を見るとか、そういうアンガーコントロールについて紹介したはずである。これらの方法は、もっぱら生理的に解明できる領域に根差す、精神医学的な根拠があるらしい。むろん、これらの方法にしてみても、怒りを鎮め、死に至る作為を未然に防止する以上は、有効な手立てであると言え、実践上(結果論)において、これらの方法を否定することはできまい。しかしながら、結果論に拘泥しすぎると過程を見失い、過程を見失うと方法が漠然となる。方法が漠然となると、これによって生じる問題を軽視してしまう可能性が上がり、最終的には実のある結果、残すべき結果が残せないことも多々ある。近年では、この二者(結果と過程)を切り離して考える形式が流行っているように見えるが、過程と結果はこうして十分に結びつくことは言うまでもないことなのであるから、我々は、アンガーコントロールについて触れるさいには、単に怒りを鎮めるという結果がもたらした量や質の群だけを評価するのではなく、過程さえも重視してアンガーコントロールを考えねばなるまい。

 つまり、私がまず、これから述べたいことといえば、生理的な過程に根差した、アンガーコントロールへの評価である。

 結論から述べるのであれば、私は、生理的(客観的)な解決に根差したアンガーコントロールについて、それのみで十分であるという評価を下すことはない。かえすがえすにはなるが、確かに、深呼吸や青い光を見る行為は、身体への影響がより少なく、かつ、結果論で怒りを鎮める事には役立ち、十分な個人の進化の方法とさえいえるが、一方で言い方を変えれば、こうした方法が怒りを、いくつかの生理的(客観的)な問題と共に解決できたとしても、結局は機序が生理的(客観的)なところに依拠する以上は、個人の生き方(思想)をはじめとした、非常に高度で内的(主観的)なところから、個人の十分な進化を望むことは不可能と言っても過言ではないのである。

 例えば、自殺者の多い駅のホームでは、しばしば青い光が焚かれることがあるという。青い光は、確かにその場においては、自殺志願者の自殺を食い止める実績はあるし、生理的な、あるいは、脳科学的な効果(客観的)は認められるそうであるが、自殺者の考え方(主観的)を変え、その場だけでなく、これからも、いくつもの難局を乗り越え、図太く生きる思想を与えるものではないのである。

 ドイツの哲学者であるショーペンハウエルという人は、


 「肉体は、もっとも主観的な位置にある客観である」(私の勝手な訳)


 と述べたわけであるが、この言葉が指し示す通り、肉体的なアプローチによってのみ進化した場合おいては、一見、主観的な領域においてまで自己が進化したような誤解さえ人々に与えるが、実際には、肉体での機序による変化が内的な主観にまで及ぼす影響には限界があるわけで、進化としては十分とはいえないのである。

(尤も、ショーペンハウエルもまた、肉体の健康は精神の健康にもつながる(的な)ことを言っていたように、生理的に解決できなければ、先に述べた内的な解決さえ見込めないわけであり、こうした生理的方法が不要とは決して言えまい)

 そういう意味では、近年、腹が立ったら、思いっきり叫ぶとか、とにかく歩くとか、そうしたヤケクソ染みたアンガーコントロールが紹介されることもあるが、これは恐ろしいことなのである。

 叫ぶことにより緊張をほぐし(ホルモンの分泌を操作し)、忘れる。歩くことにより、体力を消耗し、眠ってしまい、忘れる。ヤケクソ染みたこれらの方法は、すべからく、怒りの原因を忘却の彼方にやるか(思考停止に近かろう)、あるいは生理的に、怒りのパトスを起こせないほど心身を疲弊せしめるか(もはやアレキシサイミアである)の二択に終着するわけである。しかも、まるで肉体的には進化した自己が、本質的(内的)にも進化したのではないかという、暗躍する誤解と共にである。では、こうした、思考停止や疲弊した無感情状態が一体何をもたらすか。

 私が下手な日本語で語らずとも、なにも語らず、遺書も残さず自死する人の多かりしことが、なによりもそのことを物語っているのではなかろうか。

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