挑め! 標高およそ30センチメートル

からいれたす。

挑め! 標高およそ30センチメートル

「はー、どっこいしょ~」


 なにその掛け声? バド〇イザーのロゴの入ったレースクイーンみたいな恰好の女が重そうに、私の前にパフェをおろした。


 まだ注文どころかおひやすら貰ってないけれども。


「えっ、これ違います。頼んでいません」


 目の前には到底一人では食べ切れそうもないパフェ。


 推定標高およそ30センチメートル。アホみたいにアイスクリームとかホイップクリームとかフルーツとかシリアルが、チョコレートを抱きしめてフォークダンスしたようなヤツだった。


「あちらのお客様からです」

「えっえっえ~~?」


 ここ、バーとかじゃなくて飯屋! あんだすたん? のー。あいふぁいんせんきゅー。あんじゅ~? やばいやばい。言語野が軽く侵食されたわ。


「あのブタからです」

「て、店員さん。もっとこう言い方がありますよね」


 女、この際だから店員ということでいいけれど。彼女が奥の方の席の大柄なオジサンを指し示していった。


「これは失礼。あの辺りにいらっしゃる腹にお肉メガ盛りのオジサンからでありんす」

「ありんす?」

「そうどすえ。魚類じゃないほうです」

「わかってますよ! ウオいないでしょ、そもそも」


 オジサンなんて魚類、このあたりではお店にも並ばないし普通に引き合いにだされないですよ。おおむねクイズ番組で見かけるやつだから。せめて人類から奢られたいよ。


「それはどうでしょうか?」

「え、ということは。いるの?」

「…………」

「…………え、まじで?」

「ざんねん、いませんでした~」

「おい、殴るぞ」


 ぎりっ。なにそのタメ。ここにいつまでも居たら、脳が湧きそうだわ。


 とはいえ、せっかくなので、お礼を言っていただこうとしたら、先方の机にも同じものが運ばれてきた。


 オジサンと刹那、目があった瞬間に給仕女から声がかかる。


「では制限時間30分、一本勝負開始でありんこ」

「ありんこ、おかしいよ! ってなにこのタイマー」


 ぐずっていたら、店の奥からワイシャツに蝶ネクタイをしたちょっと強面のおじさまが颯爽と現れた。


「お客様、どうされましたか?」

「なんか、フードファイターみたいなことになっているのですが」


 てか、どうしてマイク片手に小指たてて語りかけてくるのよ。きもっ。


「左様でございますか。ではファイッ!!」

「おい、貴様。話を聞けぇ~~~」


 カーン。どこからかゴングが聞こえた。くっ。


「負けたら二人分で合計1万円プラス税のお支払いになります」

「えっ、なんでよ」

「キャンセルはできません」

「押し売りどころか辻斬りじゃんか!」


 もらい事故は聞いたことはあるけれども、もらいフードファイトとかないわー。


 オジサンはなんで、パフェの向こうから、いい笑顔でサムズアップしてるんですかぁ。


「をぃ、ブタぶっころすぞ……あら、失礼しました」

「ぶひぃ~」

「その返しはどうなの? ヤバイところを刺激しちゃった?」

「ぶひぃ~」

「ブヒってないで、日本語話せよ~~~ぉ~」

「ぶ、……フルーツ載ってるじゃん」


 勝手に分けのわからない事態に巻き込まれて動揺する私だけれども、いきなりふっかけられた勝負だけれども、負けられない戦いがココにあるの?


 手元を眺めると、ナイフとフォーク、箸とスコップがならぶ。なにかがおかしい。店員さんに簡単な疑問をぶつけることにする。


「これは、パフェですか?」

「はい。パフェです」

「ならば、なぜスプーンがないんですかぁ」

「スプーンがなければスコップを使えばいいじゃない」

「がっ〇む。この店、アホしかいない!」


 ここぞとばかりに蝶ネクタイが話しかけてくる。


「お客様、どうされましたか?」

「このスコップで食べろというんですか?」

「スコップがいやならば、箸を使えばいいじゃないですか? ファイッ!」

「あほーーー。頭をつかえ!」

「口を使って食べていただきたい」

「そうじゃねぇぇ」


 なにをするために、しゃしゃってきたんですかぁ。


 腑には落ちないけれど、食べ始めることにする。カウントダウンも進んでいるし。


 というかサイズと店員の頭以外は普通に良さそうだ。直感で美味しいとわかる。一口以上をスコップで掬って口に運ぶ。おいしぃ~。ハートもでちゃうくらいにはいけるわね。


 スコップじゃなかったら最高なのに。

 ふと視線をブタに送ると、泣きながらパフェを食べていた。


「ところで、なんであのオジサン泣いてるのかしら」

「たぶんフルーツ苦手でありんすね、あのブタ」

「なんでこのカテゴリーで戦いに巻き込んだ……」

「ドMなんですかね?」

「疑問されても……」


 それはそうと、パフェはするすると私の中に吸い込まれて、なんだか時間内に食べ切れてしまった。結局、幸せなひとときを過ごせたわけだ。ちなみにブタはフルーツだけを残してべそをかいていた。ざまぁ。


「どっせいっ」


 程よい充足感に満たされていた私の前に、ラーメン野菜マシマシ、標高30センチメートルがおかれた。


「ちょっと、どうなってるのよ!」

「お客様、どうされましたか?」

「ややこしくなるから、おまえはでてくんなー」

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挑め! 標高およそ30センチメートル からいれたす。 @retasun

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