第52話 心残りの意味

 九月になっても相変わらず厳しい暑さが襲う。夏休み前と同様に教室は蒸し暑く、汗のせいで前髪が額にへばりつく。藤宮の目元にはいつも以上に深いクマができていた。彼は手元にあるプリント、配られた問題集を見つめた。昨日、彼を寝かせてくれなかった奴らである。


「そんなことで大丈夫? 夏休み明けのテストは明日あるし、前期期末テストは今月末よ?」

「ああ……去年は宿題をやってすらいなかったから、今年はもう少しマシな点数が取れると思う」

「今回のテストは、私は綾乃を教えることになってるから、ちゃんと自力でがんばるのよ」


 桐嶋の世話焼きも相変わらずだが、これでも彼女なりに自分のことを心配してくれていることが分かるので、藤宮も腹を立てるようなことはしない。むしろ安心するし、嬉しい気持ちになる。もちろん、決してMの気質があるわけではない。少なくとも藤宮本人はそのつもり。


「そういえば、文化祭も近づいているけど桐嶋さんは大丈夫? 小説は間に合うのか?」

「ええ、問題ない。最近は調子がよくて、けっこう書けているの」

「それはよかった」

「藤宮君――」

「ん? どうかした?」

「いえ、何でもないわ」


 桐嶋は何か言いかけたが、これ以上言うつもりはないらしく口を閉ざしてしまった。


「新学期からも仲よさそうじゃん、お二人さん」

「ああ、松村か。久しぶり」

「反応薄いな~、それにしても二人は部活もいっしょなんだろ? もう付き合っちゃえよ」

「仲いいからってすぐ付き合えって、本当に恋愛脳だな」

「でも高校生なんてそうだろ? 俺は青春している二人が羨ましいぞ」

「簡単に言うけどな……」


 松村ともそれなりに夏休み中の出来事で盛り上がった後、彼は自分の席に戻っていった。ちなみに松村は夏のコミケに行ったと言っていた。彼なりに夏の休暇を満喫しているようで何よりだ。だが、やはり噂は簡単には消えてくれないらしい。藤宮は彼の会話からそれを伺うことができた。


 それにしても眠い。残っていた夏休みの宿題をやっていたせいで、昨日(いや今日?)寝られたのは約二時間。こんな状況でもちゃんと学校に来た自分を褒めてくれてもいいくらいだ。ただ暑さも相まって辛くなってきたので、眠気を覚ますために自動販売機でコーヒーを買いに外に出た。



 ガタンッという音とともに缶コーヒーが落ちてきて、藤宮は腰を丸めてそれを手に取る。蓋を開けて一気に飲み干すと、頭がわずかに冴えた気がした。そして、頭が冴えるとつい余計な考え事をめぐらしてしまう。


 恋を始めたと同時に、もう一つの恋を終わらせなければならない。今の状況は双方に失礼だから、そうしなければならないことは分かっている。だが、それが果たして幸福を呼び込むのかは分からない。今は危ういながらも何とかバランスが取れていて、三人で部活ができている。これを壊す必要があるのか? 自分が相手のことを好きだからと言う一種のエゴでこの環境をなくしてしまうのは正解と言えるのだろうか? 自分が想いを胸に秘め続けていれば、何も問題はないのでは? さまざまな疑問が頭の中を駆け巡る。二人が自分をどう想っているのか、それが分からない今――。ここで彼は自分の考えを否定するかのように首を振った。こうやって逃げてきた、気持ちに気づいていないふりをしてやり過ごしてきた、今までは。薄々気づいていたのだ、一人の気持ちは。何といっても行動があからさまで、気づかなかったらよほどの鈍感野郎だ。もう一人は……分からない。最近は優しさを感じられるようにはなってきたし、確実に仲が深まっているのは事実だけど……。


(ああ……人はこれを最低と形容するのかも)


 こうやって二人を比較している自分に悪寒を覚えて、外は暑いというのに身震いしてしまった。自分がおぞましいクズ野郎に成り下がった気がして、自分自身への嫌悪感が強まっていく。


(でも、こんなに魅力的な女性が二人すぐそばにいたら二人に恋に落ちるのもしかたがないと思うんだ……)


 飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れ、彼は教室へと向かって歩き出す。藤宮はなおも最低な弁解を続ける。


(それに、より自分のことを想ってくれている人と付き合いたいと思うのもしかたがないと思うんだ……)


 なら覚悟を決めればいいのに、こんなにも名残惜しいのはなぜだろう? それは周りの噂を気にしているからか? それとも、三人いっしょの楽しい部活、三人のカタチを残したがっているからだろうか? もしくは別の要因があるのだろうか? 今の藤宮では答えを出せなかった。

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ラノベ作家のラブコメ学習術 式松叶人 @Sito1024

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