第51話 終わらせる覚悟
花火大会が終わって、人の数もまばらになってきた。先ほどまではぎゅうぎゅう詰めだったが、今は少し余裕がある。祭りが下火になってきて、藤宮たちもそろそろ頃合いかな、と察してもと来た道を辿っていく。
どうにも彼女たちの歩くペースが気になって仕方がない。いつもに比べてかなり遅い。そう感じて足元を見ると、桐嶋が左足をひきづるように歩いているのが目に入った。西条は彼女に合わせて、歩くスピードを落としているようだ。
「!?」
下駄で長時間歩くと足を痛めやすいというのは知っていたこと。それなのに、なかなか気づかなかった自分が情けないが、今は桐嶋のケアが大事。
「ほら、絆創膏あるよ」
こんな時のため、ここに来る前に駅の薬局で絆創膏を買ってあったのは、我ながら頭が冴えていた。せっかくの手柄、カッコつけて彼女に手渡す。
「あの……申し訳ないんだけど、貼ってくれない? 足が痛くて曲げられないから、手が届かなくて……」
そこまで痛いならもっと早めに言ってくれよ、と正直思うが、相手は怪我人。優しさをもって接しなくてはならない。そうとう痛いのだろう、いつもと比べて表情が弱々しいような気がした。
「じゃあ、絆創膏貼るから怪我しているところを見せてくれ」
ためらい、戸惑いがないわけではない。下品な話だが、女の子が浴衣の裾をめくって足をさらけ出すという行為は、言葉で言い尽くせない艶かしさを感じる。とても簡単に言えば藤宮が脚フェチというだけの話だが、言葉をふんだんに使えばたいそう高尚な趣味みたいに表すことができる。もちろん欲情していることがバレたら信用を失ってしまうので見ないようにしたいのだが、そうすると患部がどこかわからないため絆創膏を貼ることができない。見るか見ないか、たいしたことない攻防戦が彼の頭の中で繰り広げられていた。
結局半目になることでどうにか対処した。脚フェチにも苦労は絶えないのだ。彼女の脚を見ると夏だというのに真っ白なので、美しいというより不健康だと感じる。やがて、彼女の細く白い脚のなかで赤く腫れた箇所があるのを見つけた。
(ここだな……)
藤宮は絆創膏を剥がすと、そっと彼女の脚に貼り付ける。痛そうに顔をしかめる桐嶋を見ると、何も悪いことをしていないのに後ろめたくなってしまう。何かいやらしいものに見えてしまう自分が憎らしい。
「大丈夫か?」
「少し楽になったわ、ありがとう」
彼女が立てるかを確認すると、彼女に無理のないようにゆっくり歩く。
「ごめんね、白けさせちゃって」
「気にするなよ、誰しも不慮の事故はある。俺なんか、防げる事故を沢山やらかしてるから」
「貴方と比べられても……」
妙にしおらしい彼女に違和感を覚えていたが、少しは毒を吐く余裕もできたらしい。その様子に安堵の息を漏らし、藤宮は空を見上げる。
「背負ってあげないの? 宏人君」
いたずらっぽく笑う西条。ただ、その目から本心を読み取るのは難しかった。
「背負うって桐嶋さんを? 無茶言うな、俺はそんなに力強くないよ。それに桐嶋さんだって嫌だろうし」
「そうかなぁ〜、文香はそうでもなさそうだけど」
「えっ!? ……そうなのか?」
「別にどうでもいいでしょ、そんなこと。今のところは自分で歩けるから、背負ってもらう必要はないけど」
「ハハハ、やっぱり」
予想した反応をそのまま返す桐嶋を見て、彼は思わず吹き出した。見上げた空はいつも薄暗くて、星は光っていないも同然だった。
帰宅して自室の椅子に座り込んだ彼は、考え事をめぐらす。もし二人を同時に好きになってしまったら、どうするだろうか? 誰かに相談できれば、と思うがそんなこと聞けるわけがない。そんな禁忌を犯したことがないと言う人が大半だからだ。だが、藤宮のように恋愛経験が乏しい人に刺激を与えすぎるとこのように拗れた愛を生み出してしまうことがある。そして実際、二人を好きになってしまったとしたらすることは一つ。もう一人への想いを断ち切ることだ。
恋を始めると同時に終わらせないといけない。それを実際に自分がなさなければいけない。選べる立場になったわけでもないのにおこがましいと自分でも思うが、今はそうするしかない。そうやって色々頭を悩ませていると、不意に思いついたことがあった。
「ったく、こんな時に職業病か……」
まだ決めていなかった自身の新作のタイトルが、こんな時に、いやこんな時だからこそ思いついた。しかし、せっかく思いついたアイデアを消すわけにはいかないので編集の人にメールで送ると、すぐに返信が返ってきた。どうやら編集も気に入ってくれたらしい。それを見て、藤宮は空白だったタイトル欄に文字を打ち込んでいく。
『ラノベ作家のラブコメ学習術』
ラノベを書いている一人の青年が二人の女性と出会って恋を知り、恋を終わらせる物語だ。
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