第26話 気がかり
テストの何がイヤかと言えば、テスト勉強をする必要があるからではないだろうか。テスト自体は受けるだけで意外と楽で、大変なのはテスト勉強だ。テスト勉強が大変なのは、それが結果が出るかもわからない未来への投資だからかも知れない。
机の傍らに置かれたコーヒーに少し口に含んでから、藤宮はふたたびペンを握る。自室では基本的に小説を書くとき以外は机に向かわないので、少し新鮮だ。桐嶋から渡されたテスト対策のためのプリントを解くこと二時間。窓の外はすっかり暗くなっていた。しばらくして勉強に一区切りがついたので、藤宮は大きく伸びをする。
「ちょっとは小説も書かないと」
プリントをやり終えると、パソコンを取り出して作業画面をひらく。主人公は迫り来るテストに備えて勉強が得意なヒロインの一人と一緒に勉強する。ここまでは決めてあった展開だったが、この後どう展開させるべきか藤宮は手を顎にあてた。
(ここでスンナリ勉強の成果が出ても面白くない気がするけど……)
何の障壁もなく努力が実るというのはいいことだが、そればかりでいいのか、主人公たちにもっと困難を与えた方がいいのではないか、といった考えが彼の頭の中でグルグル回る。
(でも、せめて小説の中では理想を追い求めてもいい気がするし……)
葛藤の末に空白を埋めていき、その後の続きを考える。主人公はテスト勉強を通してヒロインの一人と仲良くなっていくが、それを快く思わない人がいた。嫉妬したくなかったのに嫉妬してしまった人がいた。体育祭の練習をする中で自分の気持ちに気づいてしまった彼女は――。ここまで考えて藤宮はパソコンのキーボードを打っていく。
――とられてしまう、負けたくない
彼女はそう思ってしまった。この気持ちが芽生えた時は、もう遅かった。それがすべての始まりだった。――
「いいんじゃないか」
やはり実際に学生生活を送れるのは学園モノの小説を書く上で大きなアドバンテージだと感じる。学校の情景が、高校生らしい感情がありありと浮かんでくる。小説の区切りがついた彼は寝る準備を始めた。
翌日の学校。いつものように授業を受けて、放課後になって部活が始まる。テスト勉強をして以前より少し学力をつけてから授業に臨むと、授業の中でわかる部分が少しではあるが増えて嬉しかった。
上機嫌で部室に入ると、西条はまだ来ていないらしく桐嶋一人がいた。彼は近くの椅子に腰掛け、パソコンをひらいて執筆に取りかかる。締め切りも徐々にではあるが迫ってきており、テストだけでなく小説の方も予断を許さない状況になってきた。さっそく執筆に取りかかろうとするが、そばにいた桐嶋の姿が目に入る。眠そうに目をこすっている。その後、あくびをこらえるように手を口に当てていて、目には涙が浮かんでいた。
(疲れてるんだな)
自分のテスト勉強もしながら藤宮の勉強にも付き合ってくれていて、彼のためにプリント類も用意しているのだ。相当な疲労がたまっているはずだ。自分のために頑張ってくれることは嬉しいが、それで桐嶋の体調が悪くなってしまったら悲惨だ。椅子から立ち上がり彼女の方へと近づく。
「もし疲れてるなら、俺のことはいいから」
「大丈夫よ。これくらいなんてことないから、藤宮君は自分のことに集中して」
「……わかった」
結局彼女は藤宮の心配に取り合うことはなかった。心配そうに見つめる彼を横目に桐嶋は読書を続ける。せっかく藤宮が勉強に乗り気なのだ。この調子で頑張っていて欲しい。それが彼自身のためにもなる。だから、今は自分のことにはかまわずにいて欲しかった。
しぶしぶ彼もふたたび椅子に腰掛けて、執筆を開始する。静寂が場を覆うのも束の間。
「ごめんね、クラスの方で用事があって遅れちゃった」
西条が慌てて部室に入ってきて場は一気に明るくなる。桐嶋は西条と藤宮の楽しげな様子をチラリと見たが、ふたたび本に目を向けた。
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