第25話 勉強会
翌日の放課後も桐嶋との勉強会が開催されていた。この日は桐嶋がつくった単語テストと、教科書の英文の和訳を行う予定。
「どう?」
まずはつくってくれた単語テストを解いて彼女に見せた。彼の学力に配慮してかテストはかなり簡単な単語ばかりが並んでいた。それでもわからないところがいくつかあったのだが……
「う~ん、この難易度なら満点欲しいね」
「まぁ、それはこれから頑張るってことで……」
「そうね、でもできるだけ早く覚えること。英語は単語からよ。次にちょっとだけ英文の和訳をしよっか。藤宮君でも読めそうな単語が多いところ……ここ、やってみて」
藤宮の学力に合わせて出してくれた問題を解いていく。わからない問いも多いが、それでもなんとか埋めていった。静かな教室の中に彼がペンを動かす音だけが響く。桐嶋はこんな時までも時間を無駄にしまいと古典の単語帳を開き、それを睨みつけている。そんな彼女をジッと見つめる。
(ホントに努力家なんだな)
努力を怠らず、結果も伴っている。それは素晴らしいことだし、恵まれていることだ。理想の姿と言える。そんな彼女の姿がどこかうらやましい。
小説家は努力が報われにくい世界だ。少なくとも彼はそう考えていた。もちろん彼は高校生にしてラノベ作家をしているので、自分にまったく才能がないとは思っていない。ただ、それでも上には上がいる。この事実は小説家として活動してきて執筆について唯一わかったことだ。デビュー一作目、しかもその1巻目で自分のラノベの総売上を超えてしまう作家も見てきた。その様を見て筆を折りたくなったことも多々あった。そんな彼にとって努力をし続けて結果が出ている人を見るのは、たとえどの分野であってもうらやましい。
「どうしたの? もう終わったの?」
「いや、そうじゃないけどさ……」
桐嶋をジッと見ていたら彼女はどうやら藤宮の視線に気づいたらしく、険しい目つきをそのまま彼に向ける。見ていたことがバレた気まずさからやや言葉を濁すが、彼女の目は追及の色を帯びたままだった。
「努力できるのはすごいなぁと思って、あと努力が報われていてうらやましいなぁと思っただけだよ」
「……そう。でも、世の中には努力しても報われないことも多いけどね」
「意外だな。桐嶋さんみたいなタイプって、報われるまで努力することが大切だって言いそうだけど」
「そう思ってた時期もあったね。……でもいろいろあったのよ」
「へぇ~。桐嶋さんでも挫折するんだ」
(本当に覚えてないのね……)
去年の文化祭の終わり。その日の出来事は桐嶋にとって何にも代えがたいものだった。あのとき衝動的になった自分を止めてくれた。作品を書く上で大切なものを思い出させてくれた。
たったそれだけ。そう言われたらそれまでだったが、あの一瞬で彼女の状況を察してあのとき最も必要だった言葉をくれた。それが彼にひかれるきっかけになった。当の本人が忘れているのが馬鹿らしかったが、ならせめて自分は覚え続けよう。桐嶋はそう誓った。
「私でも挫折するのよ、意外だった?」
「うん、完璧なイメージがあったから。でも桐嶋さんも一人の人間だったとわかってちょっと安心したよ」
「ふ~ん、性格悪いのね」
「あっ、いやっ。そんなわけでは……」
思わず挙動不審になる藤宮。そんな彼が少しかわいらしい。
「冗談よ。ほらっ、勉強する! 今度は古文よ」
彼女に促されるまま藤宮は慌てて机に向き合う。そんな彼を見て桐嶋は少し頬を緩める。彼と二人きりで過ごせる今の時間をかみしめながら。
微笑んでいる桐嶋を西条は教室の廊下側にある窓から覗いていた。最初から覗こうと思っていたわけではなかった。先生から用事を頼まれ学校に少しの間居残りをしていて、その時に桐嶋と藤宮の声がしたのでついつい見てしまったのだ。
あの笑顔が何を意味するのか、わからない振りをした。なぜならあってはならないから。桐嶋とは友達でいたいのだから。わかってしまったら果たして二人は元に戻れるかわからなかった。戻りたいけど、実際に戻れるかはまた別問題。
だからこそあの二人の空間には入れなかった。もし今自分が行って二人きりの状況を邪魔したら、認めてしまうことになるから。桐嶋の気持ちになんとなく気づいている自分がいることに。まだ認めたくなかった。
西条は二人に気づかれないように静かにその場を離れた。
下校時刻間近になって桐嶋と藤宮は勉強を切り上げる。藤宮は凝り固まった体を大きく伸ばした。
「英語は確実に伸びているよ、もちろん今のままでは50点には届かないけどこれからね」
「そりゃよかった」
「でも古典、特に古文は重症ね。漢文はまだできそうだったけど古文はまだまだ頑張らないと」
「はい……」
「まぁ、希望はあるからこれからの頑張り次第よ」
そういった桐嶋の顔は楽しそうで、しかしどこか使命感を帯びていた。西条は藤宮を速くして、結果彼は体育祭で無事に走ることができた。だから自分も失敗できない。ここで失敗したら自分と西条の差が如実に出てしまう。そうなってしまったら彼の気持ちは何処へ向くか火を見るより明らかだ、と桐嶋は感じた。
「でも桐嶋さん、あんまり無茶しないようにね」
そんな彼女の気を知ってか知らずか藤宮が声をかける。気のせいかも知れないが、彼は桐嶋の目から悲壮感を感じることができた。
「大丈夫。藤宮君は人の心配より自分の心配した方がいいと思うわ」
しかし、いつものごとく彼の心配はいなされてしまう。やがて荷物をまとめた二人は途中まで一緒に帰った。桐嶋は口数は少ないし、面倒見がいいのかお節介なだけなのかよくわからない。それでも、そんな彼女との下校は決して悪いものではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます