第24話 変化

 文芸部の活動には久しぶりに活気が戻っていた。最近は西条が藤宮にあまり話しかけていなかったので静かな雰囲気になっていたが、今はまた賑やかだ。


「ここの文、私とっても好きだよ」

「ありがとう、そこは自分でもうまく書けたと思っていたところなんだ」

「そうだよね~、宏人君は感情の表現が本当に上手だよ」


 いつもにまして距離感が近いのは気のせいではないはずだ。やはりあの体育祭以来だろうか、西条が藤宮への気持ちを意識しているのは間違いないと桐嶋は結論づける。西条の顔は前に比べて色っぽい雰囲気が漂っていて、藤宮を誘っているようにさえ感じられた。この顔を、この雰囲気を見てまだ西条が恋をしていないと言い切るのは不可能に近かった。


 こうやって自分の気持ちに素直になれる西条がうらやましい。自分はいつも遠回りにしか伝えられなくて、そしていつも空回りしてばかりだというのに。


 そのせいで長く想いつづけてきたのに縮んだ距離はわずか。そして二人の距離が全然縮まらなかったが故に、開いていた二人の間にはいつのまにか西条がいた。そんな西条が少しだけ、ほんの少しだけ妬ましい。藤宮の隣に彼女がいるというだけで何だか落ち着かなかった。今の自分に何も言う権利もないというのに。


 ふと藤宮に視線を移すと、褒められてまんざらでもなさそうにしている。照れているのか顔はやや赤く染まっていた。そんな彼を見るのが何より辛くて桐嶋は二人からすぐに目をそらす。自分と一緒にいるときはあんな笑顔、ほとんど見せないくせに……。彼女の目は曇っていた。






 自分たちの方を一瞬見てすぐに目線をそらした桐嶋の目は曇っていた、西条はそう感じた。その目の意味はよく考えればわかった気がしたが――


(きっと考えすぎだよね……)


 西条はそう思うことにした。改めて桐嶋の今までの行動を思い起こす。彼女の口から出てきた言葉は必ずしも藤宮に優しいものではなかったので、考えすぎだと思いたかった。だが、言葉とは反対に彼女の行動は藤宮への想いに溢れているように思えた。彼と同じ委員会に入ったり、体育祭に出るのを勧めたり……そして今は時々一緒に勉強していたり……。


 だからもしかしたら、と思ってしまう。それは、もしかしたらのままで終わって欲しかった。それが彼女の頭の中で描かれた虚構ではなくて、ここに存在していたものだとすれば――先には一体どんなものが広がっているのか。それはきっと誰もが望まない景色に違いない。


「そういえば、もう少しでテストだけど宏人君は勉強しているの?」

「うん、最近はちゃんとしてるよ。桐嶋さんが教えてくれるから」

「へぇ~、文香頭いいもんね。知ってた? 文香は定期テストでも模試でもだいたい順位は一桁だよ」

「知らなかった。桐嶋さん、めっちゃ頭いいんだね」

「……まぁ、別にそんなたいしたことないけど」


 彼に褒められて嬉しかったのか、桐嶋の顔はほんのりと赤く染まる。嬉しさを隠すためかどこか口調が強くなっているが、その口調が本意ではないことはすぐにわかる。


 藤宮は気づいているのだろうか。今の桐嶋の反応を見ると、もしかしたらで済んだら……と言ってられない気がした。それでも今はまだ西条は一縷の望みにかけることにする。たとえ目の前で起きようとしているのが最悪の事態だと気づいても、何もできない自信があるから。ならせめて悲惨さを知るのはもっと後にしたい。


 これは刹那的で愚かな望みかも知れない。しかし責められるほど酷い選択だとは思わない。


 まだ日は落ちていないがそろそろ下校時刻に近くなり、彼らは部室を片付けて帰る支度を始める。三人は並んで帰る。どこか冴えない表情をしながらも適当に相槌を打つ桐嶋。藤宮は西条との会話に気をとられて、桐嶋の表情にまで注意がいかなかった。


 やがて彼らは何度か行ったいつものコンビニの前を通りかかる。西条はもう一度桐嶋の様子をうかがった。以前元気のなかった桐嶋を見かねた西条がスイーツを買った場所。


「じゃあ、私はこっちだから」


 コンビニを通り過ぎてしばらく経った後、桐嶋はそう告げて二人から別れる。彼女の後ろ姿はどこか脆さがあって、儚げな空気が漂っていた。

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