第18話 それぞれのGW

 ゴールデンウィーク。それは誰もが大好きであろう大型連休。どこかに出かけるもよし、家でゴロゴロするのもよし、もちろん執筆をするのもよし。藤宮は自分のアパートに一人こもってパソコンに向かって手を動かす。


 ラノベでは高校生なのに一人暮らしをしている主人公は多い。そんな彼らの生活を体験するため、藤宮は親に頼み込んで一人暮らしをさせてもらっていた。彼には商業作家として活動していたという実績があったので、親も仕事のためならと了承してくれたのだ。


 ラノベあるあるだが、だいたい一人暮らしをしている主人公はそのおかげか料理ができるようになることが多い。ところが現実問題まったくそうはならないことがわかった。忙しいのでレトルトやコンビニ弁当を食べるだけ。実際に体験するといろいろわかってくるものだ。


「ふぅ、ちょっと外走ってくるか」


 そんなことを思いながらしばらく書いていたら、ラノベのキリがよくなったので彼は気分転換に走りに行く。西条から言われたとおり体がなまらないように定期的に走るようにしている。


(体育祭で練習の成果を出せた主人公に立ちはだかるのは……テストかな。そこでもう一人のヒロインの出番だ)


 走りながら今後の展開の構想をまとめる。運動が得意なヒロイン、彩霧あやぎりが体育祭を機に主人公との距離をつめていくが、今度はテストが待ち受ける。そこで登場するのが勉強が得意なツンデレヒロイン城島じょうしま。彼女と一緒に勉強して距離をつめていく。そんな二人の様子を見て今まで感じたことがないモヤモヤを胸に感じてしまった彩霧は――


(うん、悪くないな)


 近所の公園をしばらく走ってから彼はふたたびアパートへと戻る。何だか続きもうまくかけるような気がしてきた。









 ゴールデンウィーク中、西条もまた自身の小説を書いていた。今はちょうど調子がよくてスラスラ書ける。


 彼女の小説に出てくる、小説を書くことにしか興味がなかった少年は主人公の少女と過ごしていくうちに新しく様々なものに触れる。一方少女もまた彼から文章の書き方を吸収していく。そんな二人は互いのことを悪しからず思うようになる。そして――


 この場面まで書いて彼女は一度文字を打つ手を止める。ここまでなら順風満帆の恋でどこか刺激にかけて面白くないように思えてきた。何か大きな障壁があれば――それはすなわちライバルの存在。そう、主人公の少女の恋敵をつくればいいのだが――


(ライバル……。争いごとは好きじゃないけど、小説を面白くするためには必要なのかなぁ?)


 誰かと争うようなことはしたくない。争いは憎しみを生むだけで何も解決しない。そして、誰かから憎しみを向けられることの辛さなら少しはわかっているつもりだった。中学の部活の時の記憶が頭をよぎる。自分は何もしていないつもりだったのに、おそらく嫉妬から憎しみをもって見られていた日々を。ここで恋敵といういわゆるライバル的な存在をつくってしまえば、より中学の頃の嫌な記憶が鮮明によみがえってきそうで……怖かった。


(仮にライバルを出すとしても、今はまだいいよね? しばらくは二人の進展を書いていけば……)


 そう考え直して西条はふたたびキーボードで文字を打ち込んでいった。








 桐嶋は自室の勉強机に向かっていた。彼らの学校は二学期制なので、前期中間は六月中旬だ。何気にテストまであと一ヶ月半くらい。今から準備しておいて早すぎると言うことはない。それに今年は――


(藤宮君の分も見ないといけないし、自分の勉強は早めに終わらせておかないと……)


 今までに比べて少しは勉強しているとはいえ、彼のテスト勉強が進んでいるとは思えない。体育祭が終わる頃にはちょうどテスト一ヶ月前。そのあたりから勉強しないと全教科の範囲はなかなかカバーできない。


 藤宮はきっと西条と楽しく練習しているのだろう。二人の雰囲気からもそれは痛いほど伝わってきて……。そんな西条に比べて自分と一緒にいるのは楽しくないに決まっている。だがそれでも――


 最近は彼も勉強をちょっとずつやっているから、彼も勉強の重要性をわかってくれたのだろう。おそらく今の藤宮では卒業さえ危ういレベル。お節介だとわかっているが何もせずにどんどん脱落していく彼を見たくはなかった。藤宮のことを強く想うほどその考えは強くなっていく。ただその気持ちだけなのだ。だからたとえお節介であっても、それはきっと許してもらえるはず……。


 ただその桐嶋の思いが強くなるにつれてどんどん彼の心が西条の方へ行ってしまう気がして――。西条が悪いわけではないのに……友達の西条にこんな感情を抱いてはいけないのに、桐嶋の心には黒い何かが絡みついてしまう。それを取ろうにも心の奥深くまで絡んでしまったのでなかなか取れない。それが一体何なのか彼女は考えないことにした。


 やがてそれぞれのゴールデンウィークは終わりを告げる。そしてふたたび学校が、体育祭が間近に迫りくる。

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