第17話 帰り道

 木曜日の放課後、藤宮と桐嶋は図書委員の仕事をまっとうしている。カウンターでの受付は楽だがその他にも図書委員はいろいろ仕事がある。例えば返却された本を元の場所に戻したり、おすすめの本コーナーをつくったりなどだ。正直思っていたより仕事量が多く、半ばヘトヘトになって委員会の仕事を終えた。


「あぁ~、疲れた。下校時刻まではまだ時間あるけど、桐嶋さんはこの後も教室に残って勉強するの?」

「ちょっと疲れたし今日はもう帰るつもり」

「そっか……じゃあ、一緒に帰る?」


 藤宮も女子二人とずっといるおかげか、少しずつ女子との会話にも慣れてきた。今ではこうやってスンナリと一緒に帰ることを誘えるくらいにはなった。これだけでも女子が多い部活に入った意味があるというもの。彼が西条に比べ桐嶋だとそこまで緊張しないで話せるというのも大きな理由ではあったが。


「まぁ、どうしてもというなら……別にいいけど」


 どこか気恥ずかしそうに彼女は顔を赤くして答えた。彼女の家は駅までの道沿いにあるので、途中までは一緒帰ることができる。よく西条と一緒に帰る道を今度は桐嶋といっしょに歩いていく。


 藤宮も桐嶋もよく話す方ではないから、二人きりになると自然と沈黙の時間が長くなる。車道側にたつ彼の耳には車の音がはいってくるばかり。穏やかな風が彼ら二人に吹き付け髪がなびく。桐嶋の長い黒髪がなびいた姿はどことなく色気を感じさせた。


(何か話さないと……!)


「「あのっ」」


 ちょうど相手の方を向いて話そうとしたときだった。相手の顔が互いの瞳に映る。今度は恥ずかしさで二人同時に顔をそらしてしまう。


「ごめん、先に言っていいよ」

「……藤宮君の方がちょっとだけ早かったから、お先にどうぞ」


 今度は譲り合い。このままでは埒があかない。


「じゃあ、俺がさきに言うぞ」

「うん……」

「そういえば前にラノベも読んでるって言ってたけど、具体的にどんなジャンル読んでるの?」

「最近ならラブコメをけっこう読んでるかな」

「へぇ~、そうなんだ」


(これはチャンスじゃないか……?)


 ラブコメで何より大事なのは主人公の魅力。藤宮自身はそう考えているが魅力的な男主人公を生み出すのがこれまた難しい。男性視点だけだとどうしても偏ってしまい、大して主人公に魅力がないのになぜか好かれているといういわばご都合主義的な状況に陥ってしまいがちだ。


(それもそれでいいんだけど)

 

 それならコメディ色を強めてギャグ多めのラブコメにする手があるが、彼はギャグを書くのを得意としていないためこれは不可能。そうするとやはり必要なのは魅力的な主人公。そして彼をとりまくヒロインたちとの関係性の変化をメインで書いていくしかない。そのためには女性目線で魅力的な男性像を知っておきたいと感じていた。


「ラブコメってけっこう男性目線だけど、女性から見て主人公のここがイイとかある?」

「どうかな。あんまりないけど、いざって時になんだかんだ頼りになるところはいいかも」

「なるほど。じゃあ、個人的にはこんな主人公がイイっていう理想像みたいなのはあるか?」

「落ち込んでいるときに肯定してくれたり、夢中になれるものをもっていたり、少しずつ変わろうと頑張っていたり。そんな主人公がいい」


 流ちょうに桐嶋は答える。彼女の瞳はまっすぐ彼の方を向いていた。


「お……おう、ずいぶん具体的だな。貴重な情報ありがとう」

「……別に」


 ふたたび彼女は目線をそらす。やがてそのままの状態で逆に彼に問う。


「逆に聞くけど藤宮君はこんなヒロインがイイみたいな理想像はあるの?」

「えっ……そうだな、みんな違ってみんないいから決められないな」

「逃げるのね」


 適当にごまかした彼をジッと見つめる桐嶋。どこか責めるような目つきだ。


「しょうがないだろ、実際みんな可愛いんだから」

「ハァ、こういう男が最終的に誰を選ぶかでうじうじ迷うのね」

「いや、仕方がないんだって。ほら。現実で大勢の可愛い子に迫られることないんだから、アニメぐらいはそれを楽しいんでいいだろ?」

「まぁそう言われると。……じゃあ藤宮君がもし、万が一にも、ミラクルが起こって二人以上の女の子に迫られたらどうするの?」


(どんだけあり得ないと思ってるんだよ……)


 ツッコミは心の中にとどめておくことにした。


「そりゃあ、ちゃんと誠実にどちらかを選ぶよ」

「ふ~ん、どうだか」


 どうやら信じていない模様。信じてもらえなかったが、少なくともこのときの藤宮は嘘をついていなかった。


 その後も二人は好きなアニメの話に花を咲かせる。


「じゃあ私こっちだから」

「ああ、またな」

「うん、さようなら。またね」


 彼らが通っている大通りの横に伸びている細道へと入っていく桐嶋。振り返り際に見せた笑顔はとても楽しそうで、どこか儚さをはらんでいた。まるで藤宮との別れを惜しむように。

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