第16話 二人きりの意味
時がたつにつれて、地面に照りつける日光が強くなっていく。西条との練習もこれで三回目。着々と本番が迫っている。
体育祭では運動神経が悪いと白い目で見られやすい。特に敵に回したくない連中から。
正直不安も大きいから休みたいという気持ちがないわけではない。ただ、ここで休めば今までずっと藤宮の練習に付き合ってくれた西条に対して申し訳ない。ちゃんと出場してその上で失敗したらそれは仕方がないと思えるし、彼女だってそう思ってくれるはず。でも最初から逃げたら、それは間違いなく西条への裏切りだ。
安易な逃げが許されるのは自分一人で誰とも関わっていないときだけ。今の彼は昔みたいに誰とも関わっていなかったときとは違う。
(イカンイカン。もっとポジティブに!)
油断するとついネガティブシンキングに走ってしまう。藤宮は頭を振って自分の成長を感じてみる。
(この練習で俺は確実にはやくなってるから、大丈夫!)
もとが酷いと努力したくなくなるのが人の性だが、その分努力すれば早く報われやすい。ある一定のレベルに達してそこから伸ばすのは大変で才能も大きく関わってくるが、藤宮はそこまで求めていない。ある一定のレベルに達すればいいだけだ。
「今日がゴールデンウィーク前最後の練習だね。頑張ろうね」
物思いにふけっていると不意に声をかけられる。そこにいたのは西条。
「うん、頑張るよ」
「ゴールデンウィーク中もサボっちゃダメだよ? 三日に一回くらいでもいいから、ちゃんと走ってね? 勘が鈍らないようにしないと」
「お……おう」
ゴールデンウィークは執筆に集中できると思っていたが、彼の予定は瓦解してしまう。普段の執筆のペースを上げないと……。
(まぁ、気分転換に運動するといいって言うし……)
「宏人君。だいぶバトンを受けるのがうまくなってきたから今度は渡す練習をしよう。これ大事なんだよ、なるべく減速せずに渡すのは難しいから。ここで減速せずに渡せると最後の最後で逆転できるかも」
最初の頃に比べれば劇的に足が速くなっているとはいえ、単純なスピード勝負になるとやはりまだキツい。だが、バトンの受け渡しいったテクニックで何とかなるところで頑張ればそこそこマシになる。速くはならずとも遅くなることはない。
「なるほど……お願いできる?」
「うん、もちろん!」
スピードをなるべく落とさずに相手の手にバトンを置くことは難しい。スピードを維持しようとするとうまく渡せないし、相手にしっかり渡そうとするとどうしてもかなりゆっくりになってしまう。何度もバトンを落とし、それでも何度も何度もコースを走る。
「ハァ……ハァ……」
「ふぅ、お疲れ様。最後はだいぶよくなってきたんじゃないかな」
「本当?」
「うん。まだまだ完璧じゃないけど、とりあえずこれぐらいなら大丈夫」
「ありがとう」
「……ねぇ、今年はどうして体育祭に出ようと思ったの? 聞いたよ、去年は休んでたって」
「えっと、それは……」
ここで藤宮は一呼吸置く。去年は休んだ。今年も休みたいと思っていたのに自分は何でここまで頑張って体育祭に出ようと思っているのだろうか? 確かに最初は小説のためだったけど、それだけの理由でここまで練習を頑張れたわけではない。途中でさじを投げて体育祭を休み、自分の妄想ワールドで体育祭をなんとか作り上げて結局それを文字に起こすこともできた。
「最初は小説を書くためだったよ。学園を舞台にした小説を書きたかったから、渋々でることにしたんだ」
「……じゃあ今は違うの?」
「うん。今は一緒に練習してくれた西条のためにも出たいと思ってるよ」
「……藤宮君はけっこう口が上手なんだね……何だか照れちゃうな」
やや俯いて顔を隠しながら西条は言葉を紡ぐ。このとき、こっそり見えた西条の笑顔は照れを隠すためのものだと思えた。
「俺は心からそう思って言ってるよ」
「ふ~ん、どうだか」
プイッと向こうを向いてしまった西条。夕日も相まって彼女の顔は熱くなり、頬は赤く染められた。
「宏人君。そろそろ帰ろっか?」
「うん、そうだな」
こうして二人で帰るのも三回目なのに女子と二人きりで帰るという状況にはなかなか慣れない。二人で他愛もない話に花を咲かせていると――
「もうちょっとでこの練習も終わっちゃうんだね。何だか寂しいな」
「確かになんだかんだ楽しかったね。でもこれからも部活で会えるだろ?」
「はぁ……宏人君、そういうことじゃないんだよ」
「?」
ため息をつく西条。そんな彼女をいぶかしげに見つめる藤宮。
「どうかした?」
「ナイショ」
そう言っていたずらな笑みを浮かべる西条。二人きりになってより彼女のことを知れた気がする。明るく純真に笑う彼女にも、いたずらっぽく笑う彼女にも、どちらの彼女にも目を奪われてしまう.この日はいつものようにコンビニに寄ったわけではないのに駅に着く時間がちょっと遅くなった。
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