第14話 縮まる距離

 週末の楽しい休みが過ぎるのはあっという間。当たり前のように新しい週が始まり、はや火曜日。西条との練習日だ。先にグラウンドに着いた藤宮は、彼女を待っている間に準備運動を行う。


 今の藤宮はなかなか多忙だ。平日の昼間は勉強し、月・水・金の放課後は部活。火曜日の放課後は体育祭の練習。木曜日の放課後は二週間に一度委員会がある。帰宅後と週末は執筆。今までとは考えられないくらい多忙で、以前まで息抜きによく見ていたアニメも最近はほとんど見ることができていない。しかし、彼は疲労と同時に充実感を感じていた。


 一人でダラダラした日々を送るより、西条と桐嶋とともに学校生活を送るほうが心が満たされていく。前まで一人でも楽しければいいと思い、他人と大して交流して来なかった彼は変わりつつあった。


(執筆の息抜きでアニメを見ていたらいつのまにか深夜になって、学校で寝てばっかりの頃より小説のクオリティが上がっている気がする……モデルがいるからかな)


 充足感を感じるからかも知れないが、小説の描写も生き生きしたものになってより現実感が増している気がした。


「ごめんね、遅くなっちゃって。宏人君、今日もバトンを受ける練習しよっか」

「うん、綾乃」


 西条は懇切丁寧に教えてくれる。元陸上部と言うこともあって練習内容は厳しいが、優しい口調で教えてくれるからかまったくストレスがたまらない。二人でしばらく練習していると――


「宏人君、ちょっと失礼するよ。ここはね、こういう感じだよ」


 彼女は藤宮の体に触れて、実際に彼の体を使って体の使い方やバトンを受けるタイミングを教えてくれる。おかげでどうやって体を動かせばいいかすぐにわかるので、実演してもらえるととてもありがたい。ありがたいのだが……


(いや胸~!? あたってるんだけど!?)


 彼女の豊かな胸が藤宮の体にふれて強く主張してくる。思春期の男、ましては女性経験がない男にはちょっとばかり刺激が強い。否応がなく彼の顔が赤くなっていく。


「どうしたの宏人君。どこか具合が悪いの?」


 彼の様子を心配した西条が心配そうな顔をして聞いてくる。胸をあてられながら上目遣い。ますます目に毒だ。


「いや、……そのなんというか」

「どうしたの? わからないところがあるなら聞いてね」


 言うべきか言わないべきか。言ったらセクハラにされかねないが、かといってこの状況の方がまずい気がする。言えば有罪、言わねば自身の罪悪感にさいなまれる。難儀な状況だ。


 大丈夫、正直に言えば彼女は許してくれる。そう思った彼は喉から声を振り絞る。


「あたってるというか……胸が……」

「えっ!?」


 思わぬ指摘をされて西条は思わず顔を真っ赤にして、キッと睨みつける。


(あれ? これミスった?)


 やはり怒らせてしまったようだった。仕方がないと言えば仕方がないが。そして彼女の表情からして怒っているのだろうが、この顔がご褒美になってしまう人がいることもまた事実だ。藤宮だってそういったタイプかと問われたらちょっとばかり返答に困ってしまう。社会的な命がかかっている状況にもかかわらず、のんきなことを考えてしまう藤宮。


「意外とムッツリなんだね……」


 頬を赤く染め、ジトッとした目で彼の方を見ながらそう言う彼女は艶めかしい雰囲気をまとっていた。この様子だとどうやら社会的な死は免れたようだ。とりあえず安心して心の中でほっと息をつく。


「えっと……ごめん」

「別にいいよ~、これは私が悪いんだし。むしろ教えてくれて感謝してるよ。ただちょっとからかってみたかっただけ」

「……何だ、からかってただけか。ビックリしたぁ~」


 さっきまでの表情が嘘みたいな、人をからかうようなちょっとだけ意地悪な顔で西条が言う。ショートな髪も相まって小悪魔のように見える。緊張が抜けて大きく安堵の息をつきながら彼は答える。


「うふふっ。じゃあ練習続けよ?」

「ああ」


 再び練習に戻る彼を傍目に、西条もまた少しだけほっとしていた。なんとかうまくやり過ごすことができたと彼女は自分でも感じる。藤宮に胸があたっていることを指摘されたときは、思わぬ事態にかなり動揺してしまった。


 当然抵抗もあった。まさか彼にそんな指摘をされるとは思わなかったし、はっきり異性と認識されているということが明確にわかったから。だが普通の男子なら嫌悪したかも知れないが、藤宮にはそういった感情を抱かなかった。藤宮がほんとうに自分のことを思って、今の状況が自分にとってよくないことだと考えて言ってくれたことが彼女には手に取るようにわかったから。それは彼が優しくて誠実でなんだかんだ努力家という、いつもの性格を知っているからに他ならない。





 練習を続けていると日が傾いていき、辺りは夕日に照らされていく。


「今日はこの辺にして、一緒に帰ろ」

「うん、練習に付き合ってくれてありがとう」


 いつものように二人で駅までの道のりを歩く。ただ、今日は西条の口数がいつもより少なくて沈黙の時間も多かった。しかし静寂が悪いわけではない。静かな時間は互いの足音・息づかいがよく聞こえて二人の距離の近さを感じられる。


「どんどんよくなってるよ、この調子だよ」

「ありがとう。綾乃の教え方がうまいおかげだよ」

「ふふふ、宏人君は相手をもちあげるのが上手だね。嬉しい、ありがとう」


 そのためか交わした言葉自体はより互いの心に刻まれる。満面の笑みでそう言う西条の笑顔はとても輝いていて、眩しかった。

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