第13話 いつものようでそうでない日常

 週末の放課後。いつもの場所でいつもの活動。西条もまた自作の小説を書くのにいそしんでいた。ところが、西条のそんないつもの日常も少し変化を見せていた。いつもは気軽に声をかけることができていた藤宮に対して、今日はなんだか声をかけるのがためらわれる。


 昨日の帰りに自分が言ったことが原因で変に意識してしまったからかも知れない。そう思おうとするが、それだけが原因ではないことには気づいていた。普通なら運動神経がいいところを見てかっこいいと思うのかも知れない。だが、苦手なことに向き合って努力している人もまたかっこいいと彼女は思う。


 彼女が抱いているそれはまだ世間で言う恋ではない。ただなんとなく藤宮のことがいつも以上に気になるだけ。まだそれだけだった。西条が話さないからかいつもより静かな時間が続く。全員がお互いの作業に集中している。


 というか、彼女はまだ小説の本文を書く段階に至っていない。書いていたはずの小説を没にして新しいプロットをつくっていたからだ。前とは違い今回はプロットがすらすら浮かんでくる。


 ――主人公の少女が出会うのは少しミステリアスな少年。小説を書くこと意外には関心がなさそうな少年。彼は、小説において壁に直面してなかなか乗り越えられなかった彼女に手を差し伸べてくれる。また、彼は彼女と一緒に過ごす中で少しずつ小説以外のことにもまっすぐに向き合っていく。互いが手を取り合う関係。やがて二人は互いに引かれあい、そのまま結ばれる――


 なぜ書きかけの小説を没にして新しいプロットをつくったのか。それは単純にこっちの方が断然面白そうだったから。しかしそれだけではないことはこのときの彼女は自覚していなかった。西条は新たなプロットを完成させて休憩がてら部室を見渡してみる。すると、読書に夢中な桐嶋とパソコンで小説を書いている藤宮がいつものようにそこにいた。


 彼女は心配そうな目でずっと読書している桐嶋を見つめる。桐嶋は去年の文化祭以来小説を書いていない。前にその理由を聞いてみたが教えてくれなかった。いつもは優しく、聞いたことには何でも答えてくれる桐嶋が珍しく悲しげな目をして首を横に振るだけだった。言いたくない何かがあるとわかり、それ以上は踏み込めないでいる。今の自分は見守ることしかできない。西条はそんな自分がもどかしかった。


 今度は目線を藤宮の方に向ける。彼は昨日のことがあったにもかかわらず、いたって平然と小説を書いている。変に意識しているのは自分だけなのかと彼女は感じる。自分だけが意識していて藤宮が何も意識していないのはなんだかずるいと思ってしまった。再び作業に戻ろうとしてふと時計を見たらもう下校時間の10分前。


「キリがよくなったら帰ろ?」

「俺はもう大丈夫」

「私もキリがいいところまで読めたから大丈夫よ」


 タイミングよく三人とも都合がつき、彼らは帰路につく。







「そういえば文香はいつも何の本を読んでるの?」

「純文学と詩はけっこう読むわ。最近はラノベも読んでるかな」

「へぇ~。私、ラノベはけっこう知ってるから面白いラノベはいっぱい紹介するよ。いつでも言って?」

「ありがとう。今読んでいるものが終わったら紹介して貰うね」

「うんっ」


 藤宮抜きに話すと桐嶋の顔にも笑顔が咲く。西条と一緒にいるのは楽しい。西条もまた桐嶋との時間のおかげで落ち着くことができると思っていた。無理に話す必要はなく、話したいときに趣味の話をする。そんな時間が何より居心地がよかった。


 楽しそうにしている二人を見て、藤宮は改めてこの二人は仲がいいと感じる。桐嶋はよく話すタイプではないし、性格は明るいとはいえない。一方、西条はよく話すタイプで明るい性格だ。正反対に見える二人だが、お互いがお互いの性格を尊重して接している。自分と違う相手を尊重して仲がいいというのは、友情の理想型だと思える。


(まえに見せてもらった小説は桐嶋との友情を書いていたんだな……)


 以前西条に見せてもらった小説は友情をテーマにうまく書かれていたが、それはまさに彼女の現実生活で培った桐嶋との友情の賜物だったのだ。藤宮は、前を歩く二人を温かいまなざしでそっと見守りながら後をついて行った。この眺めを壊さないようにしようと誓いながら。


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