第11話 体育祭の練習
翌日から西条との練習が始まった。月・水・金は部活があり、また藤宮の図書委員の当番が木曜日になったので、練習できるのは火曜日しかない。一ヶ月前といっても練習できるのはあと四回。
学校の授業では練習する時間はとってくれない。そのためか、生徒が放課後に練習することを想定して今から体育祭まではグラウンドの端に練習スペースを設けてくれていた。ぐるりとあたりを見渡すと走るのに自信がない生徒たちがチラホラ練習している。ほかに同類がいるという事実は彼を安心させてくれた。なんとも醜い考えではあるが。
「宏人君、まずは走ってみよっか」
西条師匠のお言葉を受けて、藤宮は練習のために設けられたレーンに入る。体育祭のリレーを想定しているのか、直線コースではなくカーブになっていた。
(走るなんて久しぶり……明日は筋肉痛だな)
西条の合図とともに走り出す。最初はなかなかスピードが出なかったが、カーブの途中になって徐々にピッチが上がっていく。体の出力が上がっていき、腕の振りも強いものになる。周囲の声は耳から遠ざかっていき、自分が地面を蹴る音だけが聞こえていた。
「ハァ……ハァ……」
コースを駆け抜けた途端、どっと疲れてその場にへたり込む。正直情けないことこの上ない。
「お疲れさま。そんなにものすごく遅いわけじゃないけど、加速するタイミングが悪いかもって思った。最初の方であまり加速できてなくて、そのままカーブに入っちゃった感じかな?」
「確かにそうかも……」
「だよね。だから身体能力が低いわけじゃなから自信もって」
疲れた彼が顔を上げると、そこには自分を励ましてくれる西条の姿があった。彼女の顔を見ると疲れがとれていくような感覚がする。
(頑張らないと……)
わざわざ時間を割いてまで彼と一緒に練習してくれている。何とか結果を出したい。
「これはバトンをうまくもらえたら解決すると思うから安心して。でもまぁ、それが難しいんだけどね」
西条はそう言って苦笑いしながら続ける。
「バトンをもらうときに加速してスピードをなるべく落とさないようにしないとね。休んだらバトンを受ける練習をしよっか」
練習はなかなかハードなものだった。バトンの受け渡しをなめてはいけなくて、ちゃんと練習すればかなり体力を消耗した。陸上部の体力ってすごい、ほんとに。それでもわざわざ残って練習してくれる西条のために必死に食らいつく。そうやってしばらく練習を続けていると、やがて日が傾いて校庭に移る彼らの影が伸びていく。
「今日はこれぐらいにして帰ろ?」
「うん、わかった。ごめんな、放課後にわざわざ付き合ってもらって」
しかし彼女はまったく気にするそぶりを見せない。
「ううん、全然気にしないで。部活ではいつも私が宏人君に教えてもらってばっかりだから、お互い様だよ?」
「……ありがとう」
校門を出て一緒に歩く二人を夕日が明るく照らしていた。少し歩いていると、この前三人で行ったコンビニが見えてくる。何かお礼をしよう、そんな気持ちがわいた彼は西条の方に顔を向ける。夕日に照らされた彼女の金髪はあざやかな光沢をもって輝いていた。
「そうだ、綾乃。この後、コンビニに寄っていいか?」
「もちろんいいよ。何か買いたいものがあるの?」
「うん、ちょっとね。すぐ買ってくるからコンビニの外で待ってていいよ」
「いいの? じゃあ、ここで待ってるね」
彼女はそう言って店の外で待つことにした。藤宮は店の中に入ると、ソフトクリームを二つ取って手早く会計を済ませて彼女のところに持って行く。
「え? いいの? お互い様って言ったのに……」
「練習してお互い疲れたから二人分買っただけだ。だから遠慮しなくていいよ」
「じゃあ……ありがとう。いただきま~す」
そう言ってソフトクリームの先端をパクッと食べて顔をほころばせる西条。練習で汗をかいた後食べるソフトクリームは格別だった。もしくは、それは西条と二人で練習した後に二人で食べたからなのかも知れない。
「おいしいね」
「うん、練習頑張ったからかな」
「宏人君、体力あって驚いたよ。けっこう根性あるんだね~」
今までラノベを締め切りギリギリに終わらせたことが何度あったか。時には寝ずに翌日の朝までぶっ通して書き続けたことだってある。最近ようやく計画性が身についたが、昔はよくしていた。確かに人より根性はほんの少しあるのかもしれないと藤宮は自分でも思う。
「そうかな……まぁ、それぐらいしか取り柄がないし」
「そんなことないよ。文章書くのとっても上手だよ?」
「はは……そう言ってもらえると嬉しいな」
自分より上はたくさん、星の数ほどいる。ラノベ作家の彼はそれは嫌というほどわかっている。それでも今は、今だけは彼女の言うことを否定するのはやめよう。その言葉は西条の本心だろう。彼女からの本心からの言葉を否定したくない。自分が好きなもの、すごいと思っているものを否定されるのは気分がよくないことだから。
「それに誰だって苦手なことはあるよ。でもなかなか苦手なことを努力することはできないよ。だから私はそうやって自分の苦手なところに向き合おうとする宏人君、すごいと思うし、好きだよ?」
「――えっ……」
「あっ、ごめんね。別に深い意味はなくて……」
「こっちこそごめんな。ちょっと変な空気にしちゃって」
二人してあたふたとその場の空気を取り繕う。だけどその空気は決して居心地に悪いものではなくて、むしろ――
「ソフトクリーム食べ終わっちゃったし、そろそろ行こ?」
「うん……行こっか」
藤宮の方を向いた彼女の頬はわずかに赤くなっている。夕日に照らされて少し顔が熱くなったから、だけではなかった。二人は駅に向かって歩き出す。歩いている二人の間の距離はさっきより少し狭かった。
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