第10話 今後

「そういえば、宏人君は体育祭何の種目に出るの?」

「綱引きにするつもり」

「へぇ~、力強いの?」

「いや、そういうわけでも……」

「? どうしたの、宏人君。あんまり顔色よくないよ」

「いや、実は体育祭がちょっと……」


 いつもの放課後、部室にはいつもの三人がいた。話題に上がったのは体育祭の種目について。いくらちゃんと体育祭に出ようと思っても、自分が運動が苦手なことには変わらない。そう考えると藤宮はやはり後ろ向きな気持ちになってしまう。もう少し運動神経がよければ……高校生まではなぜか運動神経が重視される傾向にある。


「俺、運動が苦手で、だから体育祭ってちょっと……」

「意外だね~。でも、体育でやったテニスはそんなに下手じゃなかったと思うよ」

「テニスはまだマシな部類で……俺、単純に身体能力が低いんだよ。だから走るのとか苦手で……」

「そうなんだ。……じゃあ、もしよければ私と少し練習する? 実は私、中学の頃は陸上部で県大会にも出たことがあるんだ」


 これは男女差別ではないが、女子に体育を教えてもらうのは男子としてのプライドが少し傷つく。嬉しい気持ちもあるのだが、その申し出を受けるのをどうしても渋ってしまう。


「ちなみにタイムはどれくらいだったの?」

「私は百メートルで、たしか中三の時に13秒5だったかな?」

「!?」


 前言撤回。もはやプライドがどうとか言っていられない。めちゃくちゃはやい。藤宮より余裕ではやい。彼には到底及ばない領域だ。


 何より全員リレーで足を引っ張りたくない。みんなが見ている前で恥をさらすのがイヤだ。陰口をたたかれるのがイヤだ。もちろん西条にお願いするのにも恥ずかしい気持ちはあるが、せっかく彼女が一緒に練習しようと誘ってくれているのだ。ここで頑張れなくてどうする? 学校行事にも全力で取り組もうと決めたばかりなのに。


(男らしさの欠片もないけど……)


「お願いしていいかな?」

「うん、じゃあ一緒に頑張ろうねッ!」


 西条の朗らかな笑顔のおかげで、彼は自分の選択が間違っていなかったと思えた。常に安心させてくれる彼女の笑顔に、つい目を奪われてしまう。


「……いいんじゃない。綾乃は運動神経いいし、教えるのもうまそうだから」

「ああ、ちょっと頑張ってみるよ」


 桐嶋は本から顔を上げず、どこかぶっきらぼうな声音で彼にそう告げた。


「じゃあ、部活のない放課後に練習しよっか」

「うん、よろしくな」


 体育祭に向けて女子と一緒に練習。学園ラブコメっぽいイベントがいよいよスタートする。






 部活が終わり、帰宅した藤宮は小説の続きを打ち込んでいく。その物語に登場するヒロインは二人。それぞれ名前は城島史乃じょうしまふみの彩霧才華あやぎりさいか


 城島はツンデレが入っていて、勉強ができるタイプでいわゆる委員長キャラ。一方の彩霧は明るい人気者タイプで運動神経もいいみんなのアイドルキャラ。それぞれ誰をモデルにしたかは言うまでもない。


 体育祭を控える中、今まで学校行事に向き合ってこなかった主人公は城島の説得もあり、体育祭に出ることを決意する。それは些細なことに見えて彼にとっては大きな一歩だった。イヤなことにも向き合おうとする彼の心の成長に呼応するように、彩霧が一緒に練習することを申し出て練習を通して主人公は彼女と距離を縮めていく。そして彩霧は徐々に彼に惹かれていき――


 ところが彩霧が主人公に惹かれることで事態はより泥沼化してしまう。友達だった二人が同じ人を想うことで彼女たち二人の関係は以前のようなものではなくなってしまい、友情はやがて……


 しかし、これはあくまで彼の小説の中での出来事。藤宮はそう思っていた。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る