第8話 委員会決め

 体育が終わり、金曜日の五限目。この時限が終わればいよいよ放課後。そして週末の休みを満喫することができる。この最後の授業は担任が受け持つことになっていて、主に学級内の話し合いに充てられている。本日の議題はズバリ委員会決め。


 藤宮は黒板にかかれた各委員会の名前にザッと目を通す。基本面倒くさそうなものばかりだ。面倒な委員会にはあてられたくないので、ここは珍しく積極的な意思表示を行うことにする。狙いは図書委員。ただカウンターに座って適当に本を読んでいて、たまに貸し出しの手続きをすればいいだけ。楽そうなことこの上ない。委員会決めは挙手制なので、図書委員が呼ばれるのを今か今かと待った。藤宮の後ろの席の桐嶋はそんな彼の一挙手一投足をジッと見つめる。


 できれば彼と同じ委員会に入りたい。自分がこんなに素直で積極的なのに彼女自身驚いていた。この気持ちは、先ほど彼と西条が名前で呼び合っていたのを見たことと無関係ではないのだろう。このまま何もしなかったら藤宮は西条に惹かれてしまうかも知れない、そんな不安が不安のままで終わってくれそうになかった。


 作戦としては彼が手を挙げたと同時に自分も手を挙げるというもの。後ろにいるからこそ実行できる作戦だ。そしてついに図書委員が呼ばれると、彼が図書委員に手を挙げたと同時に彼女もまたしれっと手を挙げた。


「じゃあ図書委員はちょうど二人そろったので、藤宮君と桐嶋さんに決定です」


 パラパラとなる拍手。無事作戦成功。思わず彼女は勝ち誇った顔をしていた。


「偶然ね、藤宮君。これからよろしく」

「こちらこそよろしく、桐嶋さん」


 全然偶然ではないのだがそこには触れず彼女は藤宮に話しかける。本当はこの機会に文香呼びしてもらおうか、などと考えていたがとりあえず第一目標は達成できたので今のところは何も言わないでおくことにした。距離のつめかたは人それぞれだ。自分なりに距離をつめていけばいい、桐嶋はそう思った。





「文香、なんだかご機嫌だね」

「そう? 特に何もなかったけど」

「う~ん、そうかな。ちょっと笑顔だった気がするけど」

「気のせいよ、きっと」


 放課後になり、部活が始まる。いつもの三人で、いつものようにそれぞれが作業をしている。でもこのままじゃいけない。桐嶋は今なら何でもできる気がした。自分もなにか小説を書いてみようか、そして彼と一緒に……そんな考えが彼女の頭に浮かぶ。


(ダメダメ、こんな不純な理由じゃいい小説はできない! それに……)


 桐嶋は未だに小説が書けない。昔は書けていたのだが……今は筆をとる気にはなれない。もしあのとき偶然藤宮に出会わなければ、文芸部を辞めていたかも知れなかったほどの嫌な記憶が鮮明に彼女の脳裏に刻み込まれている。結局、彼女は今日も読書という手っ取り早い逃げ道に逃げてしまう。


 ふと彼女は文化祭のことを思う。彼らの高校の文化祭は十月にあり、そこで部員全員の自作小説が載る部誌を発行することになっている。まだ半年あるが、されど半年である。何せ桐嶋が書けなくなってからもう半年たっているのだから、彼女自身が歳月がたつのがはやいことをよくわかっている。


 本から目を上げて彼の方を見る。藤宮は西条と話すときは相変わらず楽しそうだ。それと、彼の話を聞いていると藤宮はかなり創作になれていることが伝わってくる。西条も頼りにするわけだ。西条もいろいろアドバイスをしてもらえて嬉しそうな表情をしている。ここで一人黙々とページをめくる桐嶋に気を遣ってくれたのか、彼女が声を掛けてくれた。


「ねぇ。今日は早めに終わって三人で帰らない?」

「うん、わかった」


 西条が気遣ってくれていることはわかるから、断れないのが辛い。彼女と話しているときの彼の顔を見たくないなんて言えるわけがない。


「そういえば、藤宮君はどんな小説を書いているの?」


 いつまでもメソメソしていてもしょうがないと桐嶋は自分に渇を入れる。自分が藤宮と話せるようになって少しずつ仲良くなっていけばいいだけの話。帰り支度をしている際に、桐嶋は彼の近くに寄っていって小さな声で問いかける。


「う~ん、ちょっといえないかな。ごめんね」


 彼女の問いに対して藤宮は少し困った顔をしてこう答えた。正直一番聞かれたくない質問だった。自分がラノベ作家なのが何かの拍子にバレるわけにはいかない。まして今書いているのは次回作だ。彼が次回作を書いていること自体まだ出版社から公表されていないので、自分の作品について他の人に言ったり見せたりすることはできないという事情があった。


「……そっか、私には教えてくれないんだ」


 もちろん彼は西条にも言っていないのだが、桐嶋はそのことを知らない。そのせいで西条には言っているのに自分には……という気持ちになってしまう。桐嶋が発したその言葉は、彼女一人がやっと聞き取れるレベルの音量。当然彼の耳には届いていなかった。






「ちょっとコンビニに寄っていいかな?」


 帰路の途中、西条の提案で近くのコンビニに寄っていくことになった。コンビニの中に入ると、彼女はスイーツコーナーの前に駆け寄ってそこで立ち止まってうんうん唸っている。西条は迷いに迷った結果、プリンを二つ手に取って買い物を済ませた。


「はい、これあげる」


 コンビニの外に出ると、西条は桐嶋に先ほど買ったプリンを一つ手渡した。


「え? どうして?」

「だって、文香最近元気なさそうだったから。甘いもの食べて元気出してね」

「……ありがとう」


 桐嶋は西条の瞳を直視できなかった。彼女の瞳には純粋な心配の色が浮かんでいただけだったから。ただ、西条の優しさが身にしみて痛かった。






 

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