第5話 満たされていく心

 次の日の放課後の部室。藤宮はパソコンで文字をカタカタと打っていく。今日の体調は最高だ。早寝早起きはいいものだ。おかげで授業もほとんど寝ずに済んだ。自然と文字を打つスピードも上がっていく。


 一区切りがついたので、彼は少し休憩を取ることにする。


「あっ、藤宮君。今いい?」


 彼のキリがつくのを待っていてくれたのだろうか、西条がこちらに体を寄せながら話しかけてくる。もう少し自分の体を客観的に見て欲しい。出てるところは出てるんだから。どことはいわないけど。


 そんな失礼な思いは心の中に秘め、藤宮は彼女の方に向き直る。


「大丈夫だけど、どうかした?」

「小説のプロットって書いた方がいいのかな?」

「え!? 書いたことないの!?」

「うん、私の小説はそんなに動きがないから書いたことなくて……それにそのとき感じたことを書きたかったから」

「ああ……なるほどね」

「でも、恋愛小説はそれじゃいけないかなって」


 プロットは絶対書かなくてはいけないものではない。その時の発想で物語をどんどん展開していくことができる天才タイプの作家には不要なものだろう。


 しかし、凡人がそんなことをしたらストーリーのどこかが必ず破綻してしまう。整合性がとれなくなる。伏線を回収するのを忘れる可能性だってある。それを避けるためにはプロットは必要だ。少なくとも藤宮はプロットが必要なタイプだ。


「俺は基本的に書いてるよ」

「へぇ~、そうなんだ! どれくらい書いてるの?」


 こうやってリアクションを取ってもらえるとなんだか嬉しい。


「う~ん、最初から最後までのストーリー展開を大まかに書いてるかな」

「すごいね! 全部考えてるんだ~」

「まあ、そうしないと作品が迷子になっちゃうから。もちろんストーリーやキャラに合わせて変えていくところもあるけどね」


 キラキラと目を輝かして、尊敬のまなざしを向けてくれる西条。どちらかというと売れない作家に分類されるこんな自分が誇らしく思えるのは彼女のおかげだ。


「私、ちょっと頑張ってみるね!」


 両手に握りこぶしをつくって、気合いを入れた彼女は作業を再開する。その仕草一つ一つがかわいらしい。桐嶋が美人系だとしたら西条はかわいい系だ。


 正直、二人ともキャラが立っているのでキャラのモデルにはピッタリだ。藤宮は自身が書いているライトノベルに彼女たちを落とし込んでいく。もちろん見た目の特徴を少しいじってはいるが。


 部屋に響くのは二人がパソコンを打つ音。相変わらず桐嶋は本を開いている。そういえば、彼女が執筆しているところは見たことがない。


(まぁ、まだ部活二回目だからな……)


 空はいつの間にか茜色に染まり、部室に夕日が差し込む。ずっと同じ体勢で体が痛くなってきたので、藤宮は大きくのびをする。


「藤宮君、ごめんね。またいいかな?」


 今度は申し訳なさそうな顔をしている。


「うん、かまわないけど」

「今、プロットを書いてるんだけど、なかなか途中の展開が思い浮かばなくて……藤宮君はこういうときはどうしてるのかなぁ~って思って」


 ややばつが悪そうにポリポリと頬をかいている西条。


「ごめんね、迷惑じゃなかったかな?」


 少々気を遣いすぎる癖があるのだろうか。藤宮は首を横に振って彼女の言葉を否定する。


「最初と最後が決まってるなら書いていいんじゃないか。やっぱり作品を書くことが大事だし、それにプロットはあくまで目安だから」

「そうだよねっ、ありがとう」


 屈託のない笑顔を彼に向ける。やはり申し訳なさそうな顔より笑顔の方が似合っている。できることなら彼女の笑顔をもっと見たい。


 藤宮はたったそれだけの些細な願いを胸に宿した。


「あっ、もうちょっとで下校時間だから、今日は帰ろ?」


 西条の声につられて部屋に掛けられている時計を見ると、確かにもう遅い。彼らはいそいそと帰り支度を始める。


 この部活は基本的に自由なので、帰りたくなったら好きに帰っていいことになっている。前回の第1回目の部活は女子だけの空気に耐えられずに先に帰ってしまったため、今日が藤宮にとって初めて彼女たちと一緒に帰る日だ。緊張と期待が入り交じった感情で昇降口に向かった。


「……私、用事があること忘れてたから急いで帰るね」

「うん、わかった。じゃあね、文香」


 ところが、下駄箱で靴に履き替えた桐嶋はそう言うと早足で去ってしまう。その後ろ姿はどことなく儚げで脆さがあったように感じられた。結局今日は西条と二人で帰ることになった。


「私たちも行こ?」

「うん」

「そういえば藤宮君は電車通学?」

「うん、西条さんは?」

「私も電車なんだ~」


 話の流れでこのまま駅まで一緒に行くことになった。彼女の歩幅に合わせてゆっくり二人は駅へと向かう。その時何を話したのか、はっきりと覚えていない。ただ、他愛もない話をしながら西条と過ごした時間は藤宮の心を満たしていった。

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