第4話 気づかれない想い

 次の日も同じように登校する藤宮。後ろの席にいる桐嶋対策として昨日はいつもより早めに寝てきた。それでも2時就寝なのだが。しかし、いつも5時に寝ている彼からすれば大きな進歩である。おかげで今日は昨日より授業中眠くならなかった。


「今日は結構おきてたわね」

「ああ、寝る時間を早くしてきた」

「いいことよ、健康にもいいわ」

「まあ、起きていたからといってわかったかと言われたらまた別なんだけどな」

「それは一年の頃からずっと寝てたんだから、自業自得でしょ」

「はい、おっしゃるとおりです……」


 ほんの一瞬、桐嶋があくびをこらえたような顔をしたような気がした。彼女だって眠い日くらいあるだろう、そう思い藤宮はあえて深く触れることはしなかった。


 勉強というのは積み重ねだ。一日起きていたからと言って急にわかるようになるはずがないのだ。今更どうするわけにもいかない。


(授業中は構成を練ったり、台詞を考えたりするのに使うべきかな……)


 せめて小説のことに頭を使うのが効率的だ。授業中にパソコンを使うわけにはいかないので、アイディアをノートにメモしていこうなどと考えていると――


「今日は部活もないし、もしよければ私が勉強見てあげてもいいけど」


 恥ずかしかったのだろうか。桐嶋は顔を赤らめて下にそらし、上目遣いで彼を見つめる。恥ずかしがっている顔は美しいと言うより、可愛いに近かった。


 彼女なりに将来を案じてくれているのだろうが、そこまでして勉強したいとは思わない。なにより貴重な執筆時間である放課後が……、と感じてしまう。だが仕方がない。少しでもラブコメっぽいことを体験しておかないと、という一種の使命感みたいなものが働き、しぶしぶ藤宮は口を開く。


「よろしく頼む、勉強は苦手なんだ」






 

 放課後、二人きりの教室。かすかに運動部のかけ声が聞こえてくる中、ペンを動かしている男が一人いた。何が悲しくて桐嶋自作の問題をやらなくてはいけないのか。それはもちろん彼の今の学力を測るためのもの。その問題は桐嶋が彼のために昨日徹夜で用意してくれたものなのだが、藤宮はそれを知らない。


 わからない問題が多いので彼はすぐにペンを置く。


「はあ……一体今まで何をしてきたの?」


 ザッと彼の答案に目を通した桐嶋は藤宮があまりに勉強できないことを嘆く。彼は高一の勉強がそもそもわかっていないのでその感想は当然である。


「数学がまずダメね、ボロボロ。でも、ここは文系クラスだからまだいいわ」


 もちろん彼が進んでいたのは文系クラス。授業をほとんど睡眠に充て、家庭学習もしていない彼が数学なんてできるはずがない。そしてかろうじてできる現代文と歴史科目。文系を選ぶには十分な理由だ。


「でも英語と古文ができないのはダメよ、特に英語は受験に必須よ」


 まるで同い年の母親だ。思わずため息をつきたくなるが、さすがにそれは彼女に失礼なのでやめておく。


 授業中に寝ていて勉強ができなのは自己責任だといえる。そんな藤宮を見捨てていないから、何より第一に彼を案じているからこそ出る言葉なのだが、藤宮自身にはそこまでされる理由が見当たらないように思われた。


「単語がわかってなさそうね、とりあえずこれを覚えてみるといいわ」


 彼女が手渡してきたのは一冊の英語の単語帳。必出2000語+多義語180語。恐ろしい量だ。少なくとも彼にとって。


「えっと、これ全部覚えないとダメ?」

「最終的には。今はまだいいけど」


(これ全部かよ!? 全部覚える間に小説一冊、いや二冊書けそうだな……)


 手渡されたそれを開けてみようとしたら手応えがある。よく見ると表紙はピカピカなことに気づく。


(新品!? 俺のために? 何で?)


「新品、ありがとうな」

「……別に気にしなくていいわ! じゃあ、それ使って頑張って」


 そう言って彼女はさっさと荷物をまとめ、足早に立ち去っていく。お礼を言われ、新品だと気づいてもらえて桐嶋の顔はやや紅潮していたのだが、藤宮は彼女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。

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