第2話 いつもと違った学校生活
文芸部の普段の活動は自分の好きな本を読んだり、自作の小説を書いたりしていればいいらしい。しかも活動は月・水・金の週三回。そして年に一度、文化祭の時にはそれに合わせて部誌を発行して、そこに一人一作載せればいいだけ。昨日、そんな説明を受けた彼はもう昨日のうちに入部届を提出した。
つまり、基本は執筆に打ち込めて文化祭前に少し準備すればいいだけだ。プロの作家である彼にとっては願ったり叶ったりの環境だ。
(あれ? でも、それじゃラブコメにならないんじゃ……)
眠い目をこすりながら彼はいつものごとく登校すると――
「!?」
彼の後ろの席に桐嶋が腰掛けていて、カリカリとペンを動かしているのが見える。
「あっ、……どうも」
「一年の頃からずっと寝てばっかりの藤宮君、おはよう。今日もいつも通り眠そうね」
「うっ……ていうか、一年の頃同じクラスだったの!?」
「寝てばっかりのあなたは知らなかっただろうけど、一応ね」
その刹那彼女の顔に影がさしたのだが、そのときの彼女の表情は彼の瞳には映らなかった。
「そ……そうだったんだ……」
「それより何で今更になって部活にはいろうと思ったの?」
「まあ……何というか、心変わりしたんだ」
「ふーん、別になんだっていいけど。もう少し授業聞いた方がいいわよ」
「ああ、そうするよ」
まさか桐嶋が自分の後ろの席だったとは、というか一年の頃同じクラスだったとは――彼は自分自身の無知に驚く。なるほど、だから昨日会った際に桐嶋が自分のほうをじっと見ていたわけだ、と彼は納得する。
(それにしても参った……今後寝られそうにないな)
朝方まで執筆にいそしんで、学校では寝ることが一種のルーティーン化していた。この生活様式も変えるときが来たのかも知れない。それでも急に変えるのは無理なわけで……
「ギャッ!」
いつの間にか眠気に負けてしまった彼の背中に拳が練り込まれる。
(いっってぇぇぇぇ~!)
一瞬だけ背がピンと伸ばされ、ギロリと目が見開かれた。
「どうした、藤宮。体調でも悪いのか?」
「いえ、そんなわけでは……」
「さっきまで寝てただろ、ほらここ答えてみろ」
そう言って教師は黒板を指さすが、寝ぼけているのでよく見えない。
「わからないのか?」
このままではまずい。そう感じて目をこらして黒板を見ようとするが、瞼がどんどん重くなっていき、体が机に引き寄せられていく。放っておいたら再びコックリいってしまいそうだ。何か答えないと……。
(えっと……二つのベクトルが垂直に交わっていたら内積はゼロだったよな?)
頭がうまく回らない、それもそのはず学校を出る前に仮眠を二時間ほど取っただけなのだから。それが原因なのかも知れない、あり合わせの知識を適当に披露してみようという謎の考えが頭に浮かんだ。
「ゼロです」
「何訳わからんことを言ってるんだ。今は英語の授業だ。ここを和訳しろって問題だよ」
(ふつうに問題なんですか? って聞けばよかった……)
クラスの失笑とともに教師が何か答えを言っていたが、それと同時に彼は再び眠りに落ちた。
「起きなさい、起きなさいよ」
「……なんだ、今眠いんだよ」
「この学校は進学校なのよ、ちゃんと勉強してせめて大学に行かないと。高卒の就職の斡旋なんてしてくれないわよ?」
「ああ……わかってるよ」
「ほら、これ今日の授業のノートだから」
「ありがと、悪いな」
進学校に行ってしまったのが運の尽きだ。中学までの勉強なら執筆と同時並行でもできたから、つい調子に乗って進学校に行ってしまった。だが中学と高校の勉強は全然違う。バッチングセンターで百キロを打つのが中学生の勉強なら、そこからいきなり百五十キロを打つのが高校生の勉強だ。
高校の勉強について行けずにだらだら遊んでいる連中も意外と多い。藤宮が作家であることを知らない桐嶋からしたら、彼もその連中と同じように見えるのも仕方がない。
(意外と委員長タイプなんだな……)
「何でそこまで言ってくれるんだ?」
めんどくさいとは思いつつも藤宮は彼女の優しさを感じ取っていた。桐嶋の言葉は彼の将来を案じているから出る言葉だ。ふつう、ただのクラスメイトにここまで言ってくれない。何が彼女をそうさせるのだろうか。
「えっ~と、……単に目の前で寝られるとこっちまで集中できなくなるからよ」
「あっ、そりゃ悪かった。明日以降気をつけるよ」
「ええ、そうして」
今後は彼にとって前途多難な日々になるだろう。それでもなんだか青春ぽくて悪くない気がした。
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