ラノベ作家のラブコメ学習術
式松叶人
第1話 運命
これからのラノベはラブコメが主流だ。高校生ラノベ作家、
今は三月、高校生にとって春休みの時期に当たる。優秀な高校生、いやちゃんとした大学に行きたい高校生ならこの時期に自分の苦手科目を克服したり、次の学年で習う範囲の予習をしたりするものだ。あと一ヶ月で高校二年になる彼も当然そうするべきだ。
ところが彼にとっては違う。親の許可を得て中学の頃から書いていた自身のラノベが先週完結を迎えたため、次回作の案を練らなければならない。次のラノベのジャンルはもう決めている。ラブコメだ、しかも学園ラブコメだ。そこまではいいのだが……
(恋愛経験ゼロの俺に書けるのか? ラブコメって)
いわゆる彼女いない歴=年齢。もちろん童貞。高校生なら普通なのかもしれないが、というか普通であって欲しいのだが、こんな男に果たしてラブコメが書けるのか? ちなみに前回作は現代ファンタジー。その中で恋愛要素も多少はあったが、恋愛をメイン要素にしていないのでどうにかなった。しかし恋愛がメインのラブコメならどうだろう? 実際に経験していないことだからボロが出ることも考えられる。リア充じゃなければラブコメも書けないなんて世知辛い世の中だ。そこで彼は一つの妙案を思いつく。
(いや、待てよ? 俺はまだ高二。今からでも十分間に合うんじゃないか?)
学生らしいことをほとんどしていないからわからなかったが、彼は自分がまだ高校生だったことを思い出す。経験がないならすればいい。何より学園ラブコメの舞台によく使われる高校に在籍しているのだ。これを使わない手はない。我ながら悪くない手だ。
(初めて学校が楽しみになってきた……!)
狙いは部活。女子が多い部活に入れば何かおきる! はず……。彼は意気揚々と新作の大まかなプロットを作り始めた。
四月に入り多くの学生にとって憂鬱な学校生活が始まる。四月の朝の電車の空気なんてひどいものだ。憂鬱そうにした学生や疲れ切った顔をしている社会人。
そんな中一人ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべている男がいた。待ちに待った学校生活。今後一生言うこともないだろうこの台詞も今の藤宮にはぴったりだ。
前日の登校日初日は結局始業式だけで残念ながらクラブ見学はなかった。この日からクラブ見学が始まる。授業はよくわからなかったのでもちろん睡眠時間に充てていく。
数学ではベクトルの内積がどうとか言っていたけどさっぱりだった。英語だってそもそも単語がわからないので文章が読めない。二足のわらじができる人は優秀な人間だけなのだ。
そんなこんなでいよいよ放課後が始まる。一年の連中に交じってクラブ見学なんてひどく滑稽だが仕方がない。自分新入生ですよ、みたいな顔をして校舎を歩き回った。
部活と言っても種類があるが狙いは文化部だ。理由は当然、彼が運動が苦手だからに他ならない。
(それに運動部にいるリア充と張り合って勝てる気がしねぇ……どうせ俺が狙っている子も奴らにかっさらわれておしまいだ……! あ~、悔しッ!)
文化部でもできれば男がいないに越したことはない。ライバルなんていない方がいいに決まってる。
(吹奏楽部……ダメだ、楽器が吹けない。軽音部も同様にダメ)
廊下に彼の足音が響く。
(科学部……むさい男しかいねぇ、ダメだ)
たいそう失礼な感想を抱いて理科室を去った。彼らの名誉のために言うが、科学部はキチンと実験などを行っていた立派な部活だった。ただ女子がいない、それだけなのだ。
(ダンス部……かっこつけた男がいる、ダメ)
かっこつけた男の名誉のために言うが、別に彼が悪いわけではない。藤宮の性格が悪いだけだ。ダンスの練習にいそしんでいる彼らに背を向け、歩み出す。
(演劇部……男がいる、……とりあえず先に行こう)
将棋部・茶道部・書道部・料理部・合唱部・邦楽部……。彼の厳しい審査によって次々と落選していった。最初の頃にはだいぶ上の方にあった太陽がいつしかかなり傾いた位置にある。そして通りかかったのは文芸部の部室の前。
チラリと部屋の中を覗くと、二人の女子生徒が座って読書をしているのが見えた。本当に部員を欲しているのかわからないが、恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。
部屋の窓から差し込む夕日の光がまぶしくて、彼は思わず目を背ける。光に目がなれて再び正面を見ると、夕日に照らされた二人の女子生徒が目に映し出された。
スラリとした長い足。艶のある黒髪が背中にたれて、胸こそは控えめだがなまめかしい雰囲気を醸し出している。本に向けられていた彼女の整った顔は、藤宮がはいってきたのに気づいたためか、彼のほうに向けられた。
なんて美しいのだろうか。美しさのあまり言葉が出ないなんてことが本当にあるとは彼は知らなかった。じっと見つめられ、何か話そうとしても何を話せばいいのかわからない。
「文芸部の見学希望かな?」
するともう一方のほうから声が聞こえる。そちらに目線を動かすと先ほどの彼女にも劣らないほどの美貌の持ち主がそこにいた。黄金色に染められた髪は夕日に反射して、より一層輝いて見えた。彼女がこちらを向こうと動くと同時に豊かな胸元が揺れているのがわかる。
二人の美貌に目を奪われていると黒髪の女子生徒が彼にもう一度問う。
「見学希望でいいの?」
「あっ、はい。そうです、お願いします」
なんとか平静を保ちつつ彼女に答える。するともう一方から再び声が掛けられた。
「まずは自己紹介するね。わたしは
金髪の女子生徒は西条と言うらしい。肩の辺りで切ってある金髪が窓からの春風でふわりと揺れる。
「私は
続いてややぶっきらぼうに黒髪の女子生徒が自己紹介する。
「俺は藤宮宏人です。よろしく」
自己紹介が終わった後、藤宮は気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、ほかに部員はいないんですか?」
「先輩たちが卒業しちゃったから、今は私たちだけ」
桐嶋が少し寂しそうな声音で彼に告げる。ほかに男子がいない、女子だけの空間。文章を書くのは少しだけ得意で、できないことはない。運命というのは存在するのかも知れない。
(これならラブコメ書けるかも……! 今作のテーマは――三角関係)
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