第6話
突然けたたましい空襲警報が飛行場に鳴り響いた。編隊が帰投後、しばらくしてのことだ。
にわかに飛行場が喧騒に包まれた。
「戦闘機隊、発進急げ!攻撃機も上がれ!」
司令の指示によって待機所にいたパイロット全員がイスや机をひっくり返しながら一斉に駆け出し、部屋の中はさながら暴風雨が直撃したがごとき有様になった。
ヴォルゴとカラコフも自機のある駐機場へと駆け出す。滑走路では当直の戦闘機が慌ただしく離陸していく。対空砲も盛んに撃ち上げられている。
ヴォルゴ達も乗り込むと滑走路へと急いだ。爆装しておらず、燃料も満タンではないYP-2は軽々と離陸できた。
とは言え攻撃機は防空戦闘には参加しない。駐機している状態での地上撃破を避けるための空中退避だ。交戦はしない。空襲が終わるまでは空中に留まるか別の飛行場に避難する。
ヴォルゴ達が使用している飛行場は滑走路が一つしかなく、空襲後はおそらく着陸できなくなるだろうことが予測できる。そのためヴォルゴは別の飛行場へ向かうことにした。周囲には他の攻撃機も飛んでいたが、皆一様に同じ考えのようだった。
対空砲の音に機関砲も機銃の音が混じり始めた。もう機銃を使う距離にまで敵機が来ているのだ。
「見つかった!こっちに来るぞ!」
「何!?……糞っ!」
戦闘機動を行うには十分な速度が必要になる。もし速度が無い場合、高度があれば降下によって速度を得ることもできる。しかし機体は離陸したてで十分な高度も速度もない。最悪の条件下だ。
「来るぞ!」
カラコフが叫んだ。とにかく右に旋回した。直進するよりはマシだ。幸いこちらを狙っていた敵機はいないようだった。
視線の先のYP-2の機体全体を舐めるように曳航弾が突き刺さっていった。主翼、エンジンから猛烈な火災をおこし、飛行機ではなく、燃え盛る鉄塊と化して地面に激突した。
「来た!8時上空!」
射線から逃れるため敵機の下側に潜り込むように左に旋回する。敵機はロールで追従しようとするも互いの交差角がかなりの鋭角なためこちらを照準器に収めることは叶わなかった。
「離脱してくぞ!」
旋回角が急になるため追撃はしてこないようだ。
「助ける!」
言うやヴォルゴは機首をそちらへ向けた。
「は?」
一方で後席に座っているため状況が掴めていないカラコフは少し間抜けな声を上げた。ただ状況から友軍機を助けるのだということに気が付いた。
連邦軍航空隊教範に拠ると、通常、攻撃機のみの状態で敵機に襲われた際は2機でペアを組みシザースを行うことになっている。ただ大慌てで離陸してきたためにペアなんてない。
ともかく、追われているIL/2にへと向かう。悲しいことに通常なら追いつかないのだが、IL/2は敵機に追われて細かく蛇行しているため距離は次第に縮まっていく。
そして射程に収めた。敵機のパイロットは眼前のIL/2を撃つのに夢中でこちらには微塵も気付いていない。
少し遠いが射撃を開始した。元より7mmクラスなど今の戦闘機には豆鉄砲で撃墜など望めない。だが当たれば自身が狙われていることに気付いて追撃を止めるだろうし、当たらなくとも近くを曳航弾が飛べば驚くだろう。
当たらなくてもともとで撃つ機銃だが、敵機の真後ろに占位していたこと、敵機が射撃のために単純に直進したことで命中した。
もっともダメージを与えることなど見込めない。一応7mmクラスでも尾翼やフラップなどの操縦系に命中弾を与え破壊すれば撃墜できる。ただ今回は胴体にいくつか小さな穴を開けるだけに終わった。それでも微細な空気抵抗は増える。
それでも自身が銃撃されたことで敵機は急いで回避運動に入った。撃たれた側からはどんな弾で撃たれたのかなんていうのはわからない。
敵機を追い払い、IL/2に近付くと防御銃手は血だらけになってピクリとも動いていなかった。胴体や主翼には夥しい弾痕がある。YP-2なら何度も撃墜されているかわからない。
「感謝する」
無線を通してパイロットから感謝を述べられた。息遣いが相当荒い。
「気にするな。戦友を助けただけだ」
「優しいんだな」
カラコフからすればIL/2乗りはいつも自分達を馬鹿にしてくる奴らだ。わざわざ助けなくたっていいだろ、というのが意見だ。
「分からなくはないが同じ連邦人で兵士だぞ。たしかに思う所はあるが見捨てるほどじゃないさ」
「そうかい」
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