第4話
「なあ、済まなかったよ」
帰投後、カラコフが謝りながらウォッカを差し出してきた。一度復讐心に火が着くと手がつけられなくカラコフだが、今はこうして落ち着いていつもの良いやつに戻っていた。
「まったくだ。勘弁してくれよ」
瓶を受け取ると飲み始めた。実際、訓練中からたまにこんな調子なのである程度は慣れていた。いや、それでも勘弁してほしいが。
「悪かった。自制するよう努めてはいるんだ」
「知ってるよ。まあなんだ、あんまり無茶されてお前がどっか飛ばされても困るし、そこは頑張ってくれよ」
「ああ、任せろよ。それで、お前の背中は俺が守ってやる」
珍しく小粋な発言だった。
「頼んだぜ」
どんな風に反応したもんか、小慣れた返しは出来なかったから無難に返した。
出撃の時がやってきた。今まで実戦では2回の離陸しかこなしていないにも関わらず、もう緊張することはなかった。
滑らかに離陸し編隊を組み、そして戦場へと向かう。
今回は250kg爆弾を装備しての出撃だった。ロケットと比べると僅かに重い。もっとも五十歩百歩。ただ機体の中心線に装備しているからロールは打ちやすかった。
上空では護衛機がZ字に飛んでいる。YP-2に限らず、爆装している機体は戦闘機よりも鈍足になるため突出し過ぎないようにそうしている。
ただYP-2は鈍足中の鈍足機である。かなり大きいZを描きながらの飛行だった。
突然、護衛機が増槽を捨てた。全機だ。同時に散開し始める。
その動きだけで何が起こっているのか理解できた。無線から飛び込んで来た声がそれを裏付ける。
「太陽から敵機!」
右上の方だ。見上げるが眩しくてよく見えない。
「編隊を崩すな!あぶれた奴からやられるぞ!」
編隊長が無線を飛ばす。
ヴォルゴは編隊を維持しつつ、それでも最悪の場合、銃撃を回避できるように上を見上げた。
「何機か抜けて行った!」
護衛機からの無線だ。
点が数個、急速にその大きさを増してきていた。
「撃てぇ!撃ちまくれぇ!」
無線を通じて絶叫に近い声が飛び込んできた。
それを皮切りに狂奔に近い状態で全機が防御機銃を撃ち始めた。
ヴォルゴは急拡大する敵機を睨みつけていた。もし敵が照準をこちらに定めていたら編隊を崩さない範囲で回避しなければならない。
怖かった。初めて直面する死の恐怖だった。敵機が装備するのは12.7mm機銃6丁。まともに射線に晒されればあっという間に撃墜される。
ヴォルゴの体が強張っている内に初撃は過ぎ去った。もしヴォルゴ機が撃たれていたら間違い無く何も反応出来ずに墜とされていただろう。
一機、火だるまになりながら墜ちていった。見渡すと敵機は護衛機より多そうだった。倍くらいいるのでないだろうか。
空戦はあっという間に乱戦になっていた。連邦軍航空隊は地上軍援護を主眼に置いているため低高度での性能は高く、かなり軽快に動ける。一方で合衆国軍機は基本低空は苦手な部類だ。
護衛機は倍近い相手に善戦するがどうしても抜けてくる敵機は出てくる。
隣の機を曳航弾が包んだ。操縦手、機銃手共に
もう一機、翼をもぎ取られて錐揉みしながら墜ちていく。無線を入れたままだったから絶叫が耳の奥底にまで響く。早く脱出しろと目で追うが脱出しない。おそらく錐揉みによって生じるGによって機内に磔にされているのだ。機体もすぐに自機に隠れて見えなくなった。高度を考えれば脱出はもう間に合わないだろう。そのまま大地に激突するしかないのだ。
さらに一機、右翼の燃料タンクを撃たれて火災をおこし、すぐにエンジンの方にも火が回った。機体を火が包み始め、揚力のバランスが崩れ右に傾いていく。搭乗員は脱出したが恐ろしいことに2人とも燃えていた。特に操縦手は全身を炎に包まれており、パラシュートが開くこともなくそのまま地面へと落ちていく。防御銃手の方はパラシュートは開いていたがすぐに焼かれて操縦手同様、落ちていくだろう。
死を覚悟したヴォルゴだが敵機は波が引くように去って行った。編隊は3分の1ほどに減っていた。さらに2機が損傷により爆弾を投棄、帰投し、1機は燃料がタンクから吹き出し、不時着しなければならなかった。
ヴォルゴはかつてないほど自分の心臓の鼓動が高まっているのに気付いた。痛いぐらいに跳ねていて、体全体で呼吸をしていた。
それでもまだ終わった訳じゃない。爆弾はまだ敵に叩き込まれていない。
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