第2話
段々と無数に立ち昇る黒煙が見えてきた。いよいよ戦場の空に来たのだ。
目は上下左右に
一応上空には護衛の戦闘機がいるが警戒は怠れない。
無線から隊長の敵発見の報告が聞こえた。隊長機は同時にバンクする。
そのまま地上目標へ編隊を先導する。
見えた。若干の土煙を巻き上げながら進む隊列。周囲に木や建築物などは無く、攻撃するには絶好の位置だ。
敵があまりに無防備に進んでいるのは自軍の優勢を確信していて、空襲などされないと浮かれているからだろう。もしくは単に素人なのかもしれない。
嫌になってしまうが、今戦争において連邦は劣勢だ。単純な国力差においては合衆国は連邦のおよそ3倍の力を持っている。さらに軍事面においては約6倍である。連邦が持ち堪えているのはひとえに首脳部の懸命な戦争指導の賜物だった。
どのような事情で敵が自ら絶好の的になっているのかを知る由はないが、さすがに気付いたようで散発的ながら対空砲火が撃ち上げられる。とはいえ車載機銃であり、機関砲は無い。
さらに接近すると装甲車が見えてきた。後ろにはトラックも続いている。報告にあったのは機械化歩兵で間違い無いだろう。
厳密には機械化歩兵とは装甲車に移乗して戦闘を行う歩兵であり、トラックやジープだと自動車化歩兵になる。多分偵察は何らかの理由でトラックを見つけられなかったのだろう。
とは言えそんなことは些事だ。いくらYP-2が遅いと言ったってそれは航空機としてはである。緩降下していることもあり時速は300km/h後半。ぐんぐんと敵隊列との距離は縮まっていく。
慎重に照準をつける。発射できる回数は3回。教本に拠れば(無論状況次第だが)一回の通過で射撃し切る回数である。
装甲車の1つに狙いをつけた。既に何機かはロケットを撃っており、着弾により生じる爆発や巻き上げられた土塊が見えた。
幸いそれらに邪魔されることはなく、近付き、そして斉射した。コックピットの中からでも聞こえる独特な風切り音と共にロケットは飛んで行く。
近付いて撃ったことにより、自機が敵の上を通過する直前に着弾した。視界をエンジンに邪魔されて見えなかったが当たったという確かな感触があった。
果たして。
「命中!命中したぞ!」
後席でカラコフが防御機銃を地上の敵に掃射しながら叫んだ。
「何!?本当か!?」
「本当さ!ヤンキー共を吹っ飛ばしたんだ!」
すさまじい興奮だった。初出撃で戦果を挙げたのだ。言い表せないほどの歓喜が体中を獣の様に駆け回る。
「機銃掃射だ!もう一回攻撃しよう!」
カラコフが叫ぶ。字面を見れば提案だが口調は強制だった。
カラコフは既に半数以上の家族を失っている。確か父親と兄が戦死、祖父母と母親を空襲で亡くしている。今や彼の家族は1人の姉と弟だけだ。
だからカラコフは強い復讐心をその身に宿している。普段はまあ普通の青年と言った感じだが、訓練中、しばしばただならぬ気迫を滾らせていた。
今回もそれと同じだった。いや、それ以上かもしれない。何せ今は訓練ではなく実戦で、実際に敵兵を殺せるのだ。
「よし、やろう」
カラコフからの提案が無くとも、碌に対空火器を持ってない敵が眼前にいるのだ。見過ごすはずがない。
機を操って敵隊列の前方から接近する。7.62mm機銃は装甲車には無力だがトラックや人間なら簡単にズタボロにできる。
どうやらトラックの方にロケットを放った機もあるらしく、何台か炎上したり横転しているトラックがあった。たしかに装甲車には極至近弾か直撃でないと損害を与えるのは難しいが、トラックなら多少外れても問題無い。
意識をまだ無傷のトラックに集中した。照準にトラックの前面、特にエンジン部を持ってくる。
十分に近付いたところで操縦桿に付いている引き金を絞った。この機銃は連射速度が速いから一回の銃撃で十分な損害を与えられる。
鋭い連射音が響き、次々と銃弾がトラックに命中する。エンジンはたまらず火を噴き、フロントガラスはたちまちヒビだらけになり割れた。荷台の幌にも無数の穴が開く。
機首を上げて離脱する時には後席でカラコフが罵詈雑言と共に機銃弾をばら撒いていた。
他の機も絶好の機を逃すものかと機銃掃射に参加していた。ヴォルゴもさらにもう一回、体勢を整えて銃撃を加える。
そこで編隊長から集合の無線が入った。あらかた銃撃を終えていたし、あんまり長居しても邀撃機が来る。
ヴォルゴ達は編隊を組み、飛行場へと進路をとった。
全機無事に飛行場に着陸し、隊は全員が興奮の最中にあった。初めての実戦を終えた直後なのだから当然だった。
またIL/2乗りのからかいがあったが取り合う者などいなかった。
戦果報告を済ませた後は食堂で昼飯を食べつつお互いに各自の戦果を披露し合っていた。中でも装甲車を撃破したヴォルゴとカラコフ、もう一機の搭乗員は称賛の的だった。
昼飯を食べ終えると再度の出撃に備えて待機所に詰めていた。彼らの愛機は飛行後の整備を受けている。
少し気がかりなことがあった。
「なぁ……」
カラコフが何と言ったものかと声をかけてくる。ただ何を言いたいのかは分かった。
「うん、遅いよな……」
偵察に出たラズニエフ達の機が帰ってきていない。偵察任務、と言っていたが連邦軍航空隊は捜索、索敵、偵察、全て偵察飛行と言うため三つの内どれがラズニエフの任務なのかはわからない。
偵察は既に発見されている敵の詳細を探ることだから比較的短時間の任務だ。何せ歩兵が行う偵察とは違い飛行機で接近して写真を撮るだけなのだから。
一方捜索、索敵は若干の差異はあるが、そもそもの敵を見つけ出す任務のことだ。そのため長時間滞空することが多い。
もしかしたら捜索索敵任務に投入されたのかもしれなかった。ただそれにしたって遅い。航続距離を考えればそろそろ帰ってきていないと燃料切れだ。もしかしたら初戦ということで張り切り過ぎているだけかもしれないが。
その後も出撃命令が出ることはなく、待機が続いた。心の中はラズニエフの安否で一杯だった。
その後出撃命令が下ることはなく、そしてとうとうラズニエフ機が帰ってくることもなかった。
「未帰還だな」
何の心情も表さず、無機質に言う司令にヴォルゴは衝撃を受けた。自分達は薄々気付いていてもまだ認めてはいない。それをあっさりと言った。
ヴォルゴは皆へ今し方司令が言っていたことを伝えた。表情は様々だが受け止め切れない衝撃が皆を襲っていた。
「でもラズニエフ達が死んだと決まった訳じゃない。あくまで機体が戻ってこなかっただけだ」
ヴォルゴは励ますように言った。励ましではあるが、確かにヴォルゴ達が死んだという証拠はなかった。乗機が撃墜されていたとしてもパラシュートで脱出している可能性は普通にある。生きていればその内友軍に回収されてひょっこり帰ってくるだろう。
とは言え、とは言え、だ。敵地上空で撃墜されたとなれば敵地内を突破して友軍戦線まで辿り着かなければならない。ヴォルゴ達は陸戦の教育は受けていなかった。
死んでなどいるものか。編隊全員が強くそう思いながらその夜は更けていった。
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