オンボロの英雄
@yositomi-seirin
第1話
ヤクラルポフ設計局YP-2。連邦軍最新鋭の地上攻撃機、と言えば聞こえはいいが実際は時代遅れの代物である。何せ1940年代にも関わらず固定脚。武装も外して燃料も最小限にした一番軽い状態でも最高速度約400km/h。武装は両翼に7.62mm機銃一門づつ計二門、防御銃座に7.62mm一丁。爆装は250kg爆弾×1、もしくはロケット6発の貧相さである。
別に連邦の航空技術が極端に遅れている訳ではない。れっきとした理由があるのだ。
もともとヤクラルポフ設計局は民間向け、それも初心者向けの軽飛行機を作っていたメーカーだ。合衆国との戦争勃発に伴い軍用機の生産にも協力していたのだが技術的にパーツ生産に留まっていた。
しかし戦争は総力戦であり、軍部は一機でも多くの航空機を求めていた。そこで目をつけたのがヤクラルポフ設計局の軍用機向けではない生産ラインだ。軽飛行機向けのものであったが飛行機は飛行機である。そこで既存の軽飛行機を流用する形で新型機の設計要求がなされた。
そうして生まれたのが時代遅れの地上攻撃機、YP-2というわけである。
コックピットから眺める大地の中に細長い線が見えた。やや雑音混じりの無線から隊長の声が飛んでくる。
「これより着陸体勢に入る」
無線を合図に巡行用の編隊を解く。
「なあヴォルゴ」
後部、防御銃座からカラコフが話しかけてきた。
「本当に来たんだな」
もうすぐ前線飛行場に着陸するというのに声に緊張感はなかった。かくいうヴォルゴも特にまだ思うところはなかった。実感がないのだ。地平線を見渡しても戦争の形跡というのは見当たらない。
ヴォルゴとカラコフ、2人は戦争勃発と共に軍に志願し、航空機搭乗員養成学校で出会った。どことなく馬が合うようで仲良くなるのに時間はかからなかった。こうして一緒の飛行機に乗っているのもそのためだ。
YP-2は元が元だけに爆装していないなら抜群に操縦しやすい。もっとも爆装した状態だと老人に長距離行軍の装備を持たせて山登りさせるようなもの、と言われるほどに悪化してしまうが。
難なく着陸をこなすと機体をそのまま駐機場へと導いていく。駐機場には連邦軍主力戦闘機のYak/3やYP-2の完全上位互換と言えるIL/2が並んでいた。
「おい見ろ、生まれたてのじい様方だ」
宿舎の方へ歩いているとおそらくIL/2乗りがからかっているのが聞こえた。生まれたてのじい様、というのはもちろんYP-2のことだ。
2人ともムッとしたが彼らの方を見ているわけではなかったので無視することにした。
一般にIL/2乗りとYP-2乗りは仲が悪い。YP-2の配備が始まった時、搭乗員となったのは主に新兵だ。そのことからYP-2は練度が低い者が乗る機体という印象が広がっていた。
さらにYP-2は最低限かすら怪しい防弾装備と積載量の少なさのため、しばしば偵察や補給、人員輸送等といった危険度の低い任務に従事する。このことから意気地無しなんて言われることもある。
ただ見逃してはならないのが、YP-2がそうした任務に就いているからこそIL/2は全力で敵をぶん殴れているという事実だ。
2人の初出撃は翌日だった。さすがに昨日の着陸前のような空気は無くなり、2人の顔は緊張で満たされていた。
出撃前ブリーフィングによると今回の目標は我が方領域に進出中の敵機械化歩兵であるとのことだった。
駐機場には暖機運転中のYP-2、護衛のYak/3、ヴォルゴ達とは別の目標を攻撃するIL/2が並んでいた。
「よおヴォルゴ、カラコフ。対地任務だって?大変だな」
「ラズニエフか。お前達は偵察なんだってな?お前達のスコアは俺達がいただくぜ」
「言ってろ」
ロケットを吊り下げたYP-2に乗り込むと各メーターの確認、操縦桿、操縦ペダルを動かしてフラップ、エルロン、尾翼なんかがしっかり作動することを確認する。後部座席ではカラコフが防御銃座の確認をしていた。
「よし、いいぞ。異常無しだ」
カラコフが告げる。
「こっちもだ」
短く返した。
2人とも緊張しているのがありありと分かる声だった。
もしかしたら数時間後にはこの世からいなくなっているかも知れない。ヴォルゴは知らず操縦桿を強く握っていた。手袋の上からでも手が汗ばんでいるのが分かる。鼓動が早い。真一文字に結んだ口元は決意の表れではなく、怯えを出さないように、堰き止めているためにできているものだった。
滑走路からは順次Yak/3やIL/2が離陸していくが、視界に捉えていても映像として頭に入ってこなかった。
それでもその時は来た。いよいよヴォルゴ達の編隊の番である。
機体を滑走路まで導き、前の機体が離陸するのを待つ。離陸したらいよいよヴォルゴが離陸する番だ。
スロットルを前回にする。機体が加速を始めた。ある程度まで加速したところでフラップを下げ追加の揚力を得る。そして操縦桿を体に引きつけた。
そのまま滑走を続けると地面と接していたことで生じていた振動がある時ピタッと止んだ。機が宙に浮いたのだ。十分な高度に上がるとフラップを格納し、それから編隊を組むために飛行場上空で円周運動に入った。後続機も離陸し編隊に加わると、編隊は機首を戦場へと向けた。
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