第5話 PvP
当たり前だが、モンスターや戦闘用NPCと違い、プレイヤーは自分の頭で戦い方を考える。つまりフェイントや揺さぶりなんかもできるわけで。
プレイヤー同士のバトルでは、それをいかに読んで動くかが大事になってくる。
「「はぁっ!」」
地面を蹴って両脇から鋭い刃が襲ってくる。
一人はフェイント無しで、予想通り『ホールウィンド』だ。素早い突きだが、これくらいなら避けられる。
その場でターンして二、三撃を避けると、横に動き残りの攻撃を避け切る。
しかし二人目はスキルを変えてきた。『アーリーギロチン』か、まぁまぁ強いな。
力強い横凪は避けようにもこの体勢じゃ無理がある。僕は短剣を振るい迫りくる刃にぶつけた。
上手いこと弾ければ隙ができるが、いかんせん武器が武器なだけにそこまでは出来ない。
「くっ!」
短剣で押し上げて軌道をズラそうとすることはできたが、次弾の攻撃がすぐさま繰り出される。『ホールウィンド』を放った男も、同時に背後から剣を振り上げた。
「やぁっ!」
「よっと!」
一瞬だけ短剣で攻撃を抑え込み、紙一重で避けて地面を転がる。
「ハッハッハッ!どうした、避けてばかりではないか!」
「悪魔の力が無ければ、所詮はただのガキだな!」
僕が攻撃してこないことに気を良くしたのか、二人はさらに攻撃に踏み込む。
ダメだ、二人共周りが見えてないな。
まったく………仕方ない。
「終わりだ‼︎」
僕の腕でも斬り落とす気なのか、彼らの剣がまた光り輝く。
二本の剣が一番高く振り上げられた瞬間、僕は短剣を握りしめて身を低くした。
そして僅かに前に駆け出すと、身を翻して二人の頭上に跳び上がる。
これまでナイフを使うことで上げてきたアクロバットスキルを活かしたバク宙で、彼らの剣を避ける。
「何ッ⁉︎」
着地して身を捻ると、短剣が淡く輝いた。まずは右にいるヤツからやるか。
「よっ!」
短剣初級ソードスキル『ニードルタップ』
素早く懐に潜り込んで、護衛の一人に突きを三発喰らわせる。左右の目の眼窩底、下唇と顎の間の心中だ。
「ぐぅッ⁉︎」
顔に攻撃を喰らって男は怯んだ。その隙に短剣の歪んだ刃を彼の腕に引っ掛けて剣を奪い足を掬う。
「がはッ!ぐへッ‼︎」
これ以上抵抗されても面倒なので、転ばした男の喉笛を踏みつけて大人しくしてもらう。顔が青白いけど、ちょっと我慢してくれ。
初級のスキルと転んだだけなのに、全身を高価な鎧で包んだ男のHPは半分近く減った。
「な、何故だ!何故ただの初級スキルがここまでの攻撃力を!我々の装備なら、ほとんど傷つけられないはずだ!」
もう一人の男は訳がわからずに困惑している。
「あぁ、別に大したことじゃないですよ。ただ人間の弱点をついただけです」
「弱点、だと?」
男の言う通り、ゲームの中ではより高レベルの防具を身につけることで、自身の防御力をブーストできる。
彼らの装備は中々上等なものだし、こんなショボい短剣で普通にスキルを放っただけじゃ、いいところ八分の一減らせるか減らせないかだ。
けどここがこのゲームの素晴らしいところ。ダメージの通り方がリアルの人間と同じなのだ。人間の弱点を的確に攻撃出来れば、ダメージは何倍もアップする。
もっともその弱点を的確に突くだけのスキルレベルがあれば、の話だが。
「まぁ、あなたが知らなくても無理はない。僕もPKしていく中で気がついたことですし」
何十、何百人も殺していく内に、僕はこの仕様に気がついた。本当、経験って大切ね。
「くっ!舐めるなぁッ‼︎」
仲間をあっさりとやられたことで激昂した男が、剣を下段に構える。
おいおい、まさか………
上級ソードスキル『ラインスプラッシュ』
スキル名から察せる人もいるかもしれないが、このスキルは威力自体は中級スキルほどだ。ただし攻撃範囲がまぁまぁ広い。
僕が身軽なのを見て発動させたんだろう。攻撃としてはいい判断だ。
けど………頼む、フェイントであってくれ。
僕の願いも虚しく、男はそのまま剣を振った。
ダメだ、冷静さを失って直球攻撃しかする気はないようだ。
仕方ないなぁ、やるしかない。
「はぁッ‼︎」
男がスキルを発動させるのと、僕が踏んでいた男を蹴り飛ばし腰に手を当てるのは同時だった。眩い閃光が僕に襲いかかる。
「うわぁッ‼︎」
周りにいた人達もあまりの攻撃力に身をすくませた。
「どうだ、この殺人鬼‼︎これ、で………」
意気揚々と笑う男の声が、スキルエフェクトが収まるにつれて段々と小さくなっていく。
「なッ⁉︎まさか…………」
戦いを見ていた人達の視線は上を向いていて、中には恐怖で震えてしゃがみ込んでいる人もいる。
「ふぅ………助かったよ、グリモワール」
「ア゛ァァァ────────ッッッ‼︎」
翼を広げて男の攻撃を全て受け止めたグリモワールは、大空に向かって咆哮を放った。
デモンズエッジをクルッと手元で回して、グリモワールを見上げる。
「こ、これが………グリモワール!」
「早く逃げろ‼︎喰われるぞ‼︎」
「きゃあぁぁッ‼︎誰か!騎士団呼んできて‼︎」
街の通りはもはやパニック状態だ。というかこれ以上出すのはマズいな。
「戻れ、グリモワール」
僕が命令すると、グリモワールは僕の影の中に吸い込まれるように消えていった。プレイヤーを遥かに凌ぐ巨体があっという間に見えなくなる。
僕は驚きのあまりしゃがみ込んでいる二人に近づいた。
「もう、帰してもらえますよね?」
かけられた声にハッとした彼らは顔面蒼白になりながらも、まだ剣を握ろうとする。
「このッ………ガキがぁッ‼︎」
立ち上がり剣を振る前に、僕はナイフを彼らの剣に突き刺した。いくら上等の剣とはいえ、デモンズエッジに耐久力で敵うわけがない。
耳障りな甲高い音と共に、剣はポリゴンとなってあっさりと砕け散った。
「なッ………!」
武器を壊されて、男達は悔しそうに僕を睨みつける。
「貴様………ッ!」
「そこまでです」
男達が動こうとする前に、ヒナミが僕達の間に割って入った。護衛の二人を見て口を開く。
「ゼルダさん、スラングさん、護衛はもう結構です。あなた達は中央区に戻ってください」
口調こそ丁寧だが、これは明らかな罰だ。二人は目を見開く。
「ッ⁉︎お、お待ちください!何故我々が罰を受けなければならないのですか⁉︎」
「私達は、あの殺人鬼を捕まえようと………!」
「黙りなさい‼︎」
弁解しようとした二人をヒナミは厳しい声で一喝した。
「いくら凶悪犯とはいえ、あなた達が剣を向けるまで、彼に攻撃の意思はなかった。そんな人に斬りかかるなど、許されることではありません」
「そ、それは………犯罪者プレイヤーを捕まえるのも、我々の役目で………」
「では、先ほどの広範囲攻撃はどう説明するのですか?」
ヒナミの言及に男達は言葉を詰まらせた。
「こんな街中で広範囲攻撃を発動させるなど。あの攻撃をグリモワールが全て受け止めていなかったら、周りの住民に被害が出ていたんです。街の治安を守る騎士団が、住民の平穏を乱すなど言語道断‼︎」
男達は自分達のした事を突きつけられ、その重大さに拳を握る。
やっぱりその辺考えずに発動させてたか。
「改めて騎士団長として命じます。あなた達の護衛の任を解消、二週間の謹慎を言い渡します。彼は私が対処しますので、中央区に戻ってください」
「「………はい」」
二人は反論することができずに項垂れると『転移の羽根』を取り出した。
去り際に僕を恨みがましそうに睨みつけると、二人は中央区に帰った。
それを見送るとヒナミは僕の方を振り向く。
「今のことは私が後で北方治安維持局にも報告します。とりあえず今はここを離れましょう。こちらへ」
「………あぁ」
正直これ以上一緒にいる理由はないが、ここにいても仕方ない。僕はヒナミと共に街のはずれまで走っていった。
薄暗い路地に着くと、ヒナミは小さく息を吐く。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫でしょう」
周りの様子を確認したヒナミは僕に深く頭を下げた。
「私の部下があなたに無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、別にいいよ。そんな事しなくても」
僕は手を振ると近くの壁に背中を預けた。
「元はと言えば僕が悪いんだし、僕が殺人鬼なのは事実だからね。やり方はともかく、彼らは任務を全うしようとしただけだ」
住民に被害が及びそうになったのは問題だけど、それ以外は特に問題だとは思わない。
「それに君に謝られても仕方ないって」
「いえ。街の平和を守りたい一心で、犯罪者に対して過剰になっていくのを看過した私にも、責任がありますから」
「そうか………」
やっぱりトップの人間ともなると、そういう責任とかも重く感じるようになるのかな。
「それじゃあ、僕はこの辺で失礼させてもらうよ」
「待ってください」
「何?」
ヒナミは僕を呼び止めると、姿勢を正した。
「改めてお願いします。ダンジョン攻略を手伝ってください。人手が足りなくて、あなたの力が必要なんです」
「だから嫌だって。なんで僕が一緒にいなきゃいけないんだよ。お仲間呼び戻して手伝ってもらいな」
「そのお仲間の剣を砕いたのはあなたなのですが」
あぁ、そういえばそうだっけね。つい反射的に。
「攻略をお手伝いしてくれるなら、攻略中はあなたの身元は私が騎士団長として保証します。ドロップしたアイテムも、あなたが手に入れたアイテムならば差し上げます。街にもいることも可能ですし、今後のあなたの評価も変化すると思うのですが」
なるほどねぇ………
たしかにさっきの騒動で僕の顔は街のみんなにバレてしまっているし、北方騎士団の人に通報してる人もいたから、このまま街に居続けることも難しいだろう。
もちろんダンジョン近辺に野宿という手もあるが、もうちょっとこの街に用がある。
というのもさっきまでの探索を踏まえて、攻略に必要なアイテムを購入したい。それにはこの街で購入するのが一番効率的だ。
それに覚悟の上とはいえ、殺人鬼としていつまでも騎士団に追われ続けるのも面倒だ。
アイテムもくれるっていうんだし、この辺で少し株を上げておくのも悪くないだろう。
「はぁ………分かったよ」
「ありがとうございます。それでは」
ヒナミがメニュー画面を操作すると、僕の目の前に『Hinamiからパーティーに誘われました』というメッセージがポップアップする。文の下には『Yes』と『No』のボタンがある。
これまでの慣れから反射的に『No』を押しそうになるが、目の前で笑みを浮かべるヒナミを見てため息交じりに『Yes』を押す。これで僕達はパーティーとなった
「これからしばらくの間、よろしくお願いします」
「ん、よろしく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます