ダンジョン

第4話 ダンジョン

「よっと」

「ピギィッ!」

 僕は目の前にいたコボルトの背後に回って、ナイフで素早く喉元を描き切った。

 一瞬姿がブレたかのように見えたコボルトは、ポリゴンとなって砕け散る。

「ふぅ、割と進んだかな」

 僕は周りを見渡して一息ついた。

 今僕がいるのは薄暗い洞窟の中だ。しかし現実世界で見る洞窟よりも明らかに広く、戦うためのフォールドとして設計されたのが丸分かりになっている。

「生き残るためにはダンジョン探索も大切だよな」

 メニュー画面を開いて、今の戦闘で得られた経験値とアイテムを確認する。まぁまぁってところか。

「おっ、ダンジョンアイテムゲットか」

 ここは最近になって見つかった、北方区にある新しいダンジョンだ。

 この世界のダンジョンは、不定期にモンスターの生息するフィールドにランダムに現れる。そしてボスモンスターが攻略されると消えるという仕様だ。

 ダンジョンの中にはそこでしか手に入らないようなアイテム、ダンジョンアイテムがあるので、それが目的でダンジョン探索をする者もいる。

 ちなみに僕が今手に入れたのは『ライノスヘルメット』と『班目のグローブ』だ。たしかどっち共防御力が結構上がるんだよな。いらんけど。

 そしてボスモンスターを倒せれば、その辺のmobとは比べ物にならないほどの経験値とレアアイテムを手に入れられる。

 だから普通なら新しく見つかったダンジョンにはたくさんのプレイヤーが集まる。しかしここはガランとしていて僕以外は誰もいない。

 夜の人のいない時間を狙っていないというのもあるが、そもそもここまで先に進んでいるプレイヤーがいないのが大きな理由だ。

 このダンジョンが見つかったのが先日、普通なら四分の一くらい探索が進められればいい方だろう。

 ただ僕はグリモワールの力を使って不眠不休でサクサク探索を進めているので、半分くらいまで進めたのだ。

 とはいえ、これ以上力を使うと代償が多くなり過ぎてしまう。

 湧いてくるモンスターを食べさせてもいいが、モンスターがモンスターを倒すとアイテムがドロップしないのだ。

 つまりダンジョンだけでしか手に入らないアイテムを無駄にすることになる。それはもったいない。

 一旦出るかな。野宿用の保存食だけじゃなくて、たまには街でちゃんとした食事をしたいし。

 僕はストレージを操作して、大きな羽根を実体化させた。

『転移の羽』と呼ばれるこのアイテムは、使うことでセーブエリアに転移することができる。

 死んだら終わりであるこのゲームにおいて、セーブエリアの存在意義はこの転移のためだけと言っても過言ではない。

 もっとも使うことができない場所もあるし、万能というわけではないが。

 羽根を軽く振ると光に包まれて、北方区の街の入り口まで転移した。

 ローブに着替えて顔を隠すと、街に入って質屋探す。いらんアイテムを売る必要がある。

 質屋に限らず、この世界のお店にはNPCがやってるものとプレイヤーがやってるものがある。

 NPCがやってる質屋の場合は、システムが定めた値段で買い取ってくれるので、プレイヤーのお店みたいにそれ以下の値段でぼったくられることがない。

 まぁ逆に言えばその値段以上は無理だから、交渉して高く売る事も出来ないんだけどね。

 今回は………NPCの方にしよう。

 というのもダンジョンアイテムを売るつもりなのだが、これはダンジョンの半分くらいを攻略しないと手に入らない。

 つまりプレイヤーのお店に売ると、僕がダンジョンの半分を制覇してることがバレてしまう。その噂が広がって注目を集めてしまう事もある。

 そんな面倒事はゴメンだ。

 さっさと売り払って食事にするか。たしか街の入り口の近くに質屋があったはずで………あっ、見つけた。

 質屋を見つけると僕は声をかける。

「アイテムを売却したい」

「いらっしゃい!ウチは何でも取り扱ってるから、何でも売ってくれや!」

 特定の言葉によって反応するシステムになっているNPCは、僕の声に反応して話しかけてきた。

 ストレージを操作して売りたいアイテムを全て実体化する。後はこれをNPCに手渡せば、すぐに換金される。

 とはいえ結構多いし、とりあえずいくつかアイテムをNPCに渡して………

「おい、あれってバーベナ騎士団じゃねぇか?」

 その時、背後から声がして反射的に振り返った。そこにいる人達を見てつい顔が引き攣る。

 三人組で街を闊歩しているのは、全員が白と紫の制服を身につけている、見るからに何かの組織に所属しているのが分かる人達だ。男が二人と女が一人。

 男二人は威圧感のある屈強な体格をしており、周りに不審な動きが無いかどうか目を光らせている。

 そして屈強な男達二人に挟まれて、一際存在感を放っているのは………

「あれが騎士団長のヒナミ様かぁ」

「ヤベェ、本物初めて見たわ。さすが『竜巫女』、綺麗だなぁ」

「それでホーリードラゴンの契約者とか、チートすぎるだろ」

 周りから視線を集めながらも、怯むことなく堂々と優雅に歩くヒナミに誰もが目を奪われている。

 噂によるとファンクラブもあるとのことだし、ある意味当たり前の反応だな。

 それよりも何で中央区にいるはずのバーベナ騎士団がここにいるんだよ。

 いや、それを考えるのは後だ。さっさと逃げないとな。見つかったら何されるか分かったモンじゃない。

 売却は中断だ。売ってないアイテムをストレージにしまって………

「よっし!『コボルトの剣』と『ライノスヘルメット』と『鉄の槍』、全部で二万五千セルだ!」

 僕がとりあえず手渡したアイテムを換金してくれたNPCが大きな声を出した。

 これが普通のアイテムならそこまで気にしない。ただこの中にはダンジョンアイテムもある。

 若干静かになったこの場では、そのアイテム名はどうしても注目を集めてしまう。そうなると………

「ん?………もしかして、ベリアル君?」

 こうなる。

 最初はアイテム名に惹かれただけなんだろうが、そこにいた僕を見てヒナミが声をかけてくる。

「ベリアル君ですよね⁉︎何で北方区にいるんですか?」

 メンバー二人を置いて僕の方へと駆け寄ってきたヒナミは、身を屈めて顔を覗き込んできた。

 ゲーム内屈指の美貌を持つ彼女に近づかれて、普通ならドギマギするだろう、いやまぁ僕もしないと言ったら嘘になるが。

 とはいえこの後の面倒を考えると、その熱も冷めるというものだ。

 ヒナミが近づいてきたことで、自然に僕にも周りの人の視線が集まってしまう。

 そして当然彼女と一緒にいたギルドメンバーもこっちにやってくる。

「ヒナミ様!急に走ってどうしたんですか?」

 あぁ………最悪。

 どうやら僕の顔は知らないようで、今のところ彼らに素性がバレることはなさそうだが。

 それにしてもヒナミ『様』って。一応騎士団の中では上司なんだろうし、敬っていると考えれば納得するが、中身は現代日本人だと思うと違和感しかない。

「ちょっと用事があったの、あんまり話しかけてこないでよ。というか、そっちこそ何でいるの?」

 人に顔を見られないようにローブのフードを深く被り、小さな声で返した。

「何ですか、冷たいですね。私達は任務ですよ」

「任務?何で北方区の任務をヒナミ達が?」

 一応北方区にも治安維持局が指揮する騎士団は存在する。わざわざ彼女達が来る必要は無いだろう。

「最近この近辺にダンジョンが出たのは知っていますか?そこに現れるモンスターが通常よりも数が多いので、私達に探索の支援要請が来たんです」

「ダンジョン探索で?」

 それって………さっきまで僕がいたダンジョンだよな?

 たしかに普通よりも多いとは思ったけど、だからってわざわざバーベナ騎士団呼ぶかね?

 こっちにもそれなりに強い人はいるでしょ?

「北方治安維持局の局長が、モンスターが多いのは何か理由があるんじゃないかって思ったらしくて、万が一を備えて呼ばれたんです」

「それで来てやったんだ………」

 保守的な人のためにわざわざ来たのか。お人好しだねぇ。

「それよりも、先程のことですが………」

 ヒナミは僕から視線を外して質屋のNPCを見た。

「どうやら『ライノスヘルメット』を売却したようですが、それってダンジョンアイテムですよね?もしかして新しくできたダンジョン、半分まで攻略したんですか?」

「うっ………!」

 どこか期待するように目を輝かせるヒナミに顔が引き攣る。

 やっぱり聞こえてたか。

「き、聞き間違いじゃないか?」

「手に持ってる『班目のグローブ』もダンジョンアイテムですよね?」

 僕の手元にある換金しようとしてやめたアイテムを見て、ヒナミが目を細めた。

「それは………他のダンジョンで………」

「この近辺にダンジョンは新しくできた一つしか無いんですが」

 ………ダメだ、言い訳ができない。

「はぁ………そうだよ、半分くらいはできた」

 僕が頷くと、ヒナミは手を叩いて僕に差し出す。

「やっぱり!それならば心強いです!よろしければ一緒に探索を手伝って………」

「嫌だね」

 ヒナミの手を払って、彼女が言いかけた誘いを遮って断る。

 こうして彼女に誘われるのは初めてではない。その度に断ってきた癖がつい出てしまった。

「ッ⁉︎貴様!」

「この無礼者‼︎」

 僕を怪訝そうに見ていたヒナミのギルドメンバー二人が、怒りに顔を歪ませて、剣に手をかけて威嚇してきた。

 本気で斬るつもりは無いんだろうが、常に生きるか死ぬかの狭間にいる僕には、そんな事を瞬時に考慮するのは難しい。

 剣の軋む音を聞いた瞬間、僕も本能的に体が動いた。

 頭の中が一気にPKする体勢に変わり、ローブを翻して腰に装備してあるナイフを引き抜いて構える。

「ベリアル君!」

 剣呑な雰囲気になりヒナミが声をあげた。

 しかしもう騒動は治まらなさそうだ。

 僕のナイフを見たお付きの二人が、驚きに目を見開いた。

「貴様、まさか………『悪魔遣い』か!」

 お付きの一人が声をあげると、街中に騒めきが広がった。

 さっきまで少しでもヒナミに近寄ろうとしていたみんなが、青ざめた表情で距離を取る。

「嘘、『悪魔遣い』なの⁉︎」

「最悪のPKプレイヤーじゃねぇか!」

「何でこの街にいるのよ!」

 まぁ当然だな。

 自惚れるつもりは無いが、ヒナミとは真逆の意味で、この世界で僕を知らない人はいないだろう。

 最悪の悪魔・グリモワールの力を使いプレイヤーを殺す極悪殺人犯『悪魔遣い』として。

 脅すだけのつもりだったお付きの人達は、剣を引き抜いてヒナミを自分達の後ろに庇う。

「ヒナミ様!お下がりください‼︎」

「護衛として、ここは我々が!」

 こうなってしまっては、刃傷沙汰に発展するのはもはや明確だ。

 巻き込まれてはたまらないと、周りにいた人達が遠巻きに様子を窺っている。

「バーベナ騎士団の名において、貴様を捕縛する!」

 そりゃそうなるよな。向こうは治安維持局、片や僕は殺人犯なんだし。

 とはいえ、僕もここで捕まるわけにはいかない。

 どうしたものか………

「あっ、そうだ」

 僕はナイフをしまうと、ストレージの中にあるアイテムを表示する。

 えっと………あっ、あったあった。

 実体化したアイテムを掴むと、護衛二人は眉を顰めた。

「何だそれは?」

「『コボルトの短剣』、コボルトを倒すとドロップするアイテムですよ」

「そんなことは知っている!何故悪魔の力を使わない!」

 僕がグリモワールの力を使うと思っていたのか、護衛は声をあげた。

 コボルトの短剣は耐久力も攻撃力も低く、倒せるのはせいぜい初級モンスターくらいでプレイヤー同士のバトル、PvPで使うものはまずいない。

「今日は既に結構力使ってるんで、これ以上使うと代償がキツくなるんですよ。あなた方に使ってはもったいない」

 生憎と僕が常時所持してるのはグリモワールとの契約の証であるナイフ『デモンズエッジ』のみだ。

 つまり代償を使わず戦うとなると、術は体術スキルのみになってしまう。それは僕のスタイルじゃない。

 普段は別に困らないんだけど、どこかでちゃんと他のナイフ買わないとなぁ。

「このッ………馬鹿にしやがって………後で後悔しても、知らんぞ!」

 僕が舐めて短剣を選んだと思ったのか、彼らは怒りに顔を歪ませて剣を構える。

 剣を水平にする構えと白いエフェクトからして、突進型のソードスキル『ホールウィンド』か。中堅プレイヤーが習得し始めるスキルだな。

 見たところ契約者では無さそうだが、決して弱いわけでも無さそうだ。

 まぁ、護衛だの何だのって言ってたし、弱かったら務まらないもんな。

「二度と人殺しが出来ぬよう、その腕を叩き切ってやる‼︎」

「ダメッ………!」

 ヒナミの制止も届かず、演者のような大仰な叫びと共に、お付きの二人が斬りかかってきた。

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