第3話 契約者
「はぁっ!」
「ッ!」
森の中を駆け巡り、僕とヒナミは武器を交わらせた。火花が飛び散り攻防の激しさを物語る。
「ふっ!」
ヒナミの剣が僕の頰を掠めそうになった。咄嗟に身をかわせたので、何とか怪我はせずに済む。
まるで舞でも踊るかのような美しい動きでヒナミは僕へと攻め込んできた。下手に距離を取ると面倒だ。
「よっ!」
すぐさましゃがんでヒナミの後ろに回ると、背後から彼女の首を掻き斬ろうとする。
その動きを見切っていたのか、彼女は剣を後ろに回して自分の刃で僕の刃を受け止める。
「やぁっ!」
僕の攻撃を弾いて鋭い突きを三発放ってきた。初級ソードスキル『ブレードスティング』だ。
「ぐっ!」
一発目は喰らってしまいHPバーが二割削られた。しかしすぐにこちらもスキルを発動させる。
ソードスキル『カウンターブースト』
構えと同時に剣先が光るのを確認し、僕はナイフを大きく振るった。
「はっ!」
狙い通りスキル発動中だったヒナミの剣をナイフで弾き飛ばすことができた。甲高い金属音が響く。
でもこれで終わるつもりはない。
そのまま地面を踏み込んでヒナミの懐に潜り込むと、輝く刃を彼女の腹に突き立てる。
「くっ!」
すぐに避けようとするが、俊敏性は僕の方が上だ。完全には避けきれずに攻撃を喰らった。
腹に負傷エフェクトが煌めき、彼女のHPバーが三割減少する。
近づきすぎれば不利と感じて、ヒナミは軽やかに跳び上がり距離をとる。
「ふぅ………ベリアル君、大人しく投降してください。あなたが殺した人達は皆盗賊ギルドの者達です。正当防衛となれば罪は軽く済みます」
「へぇ、そりゃ随分とお優しい。けど、嫌だね。そっちに世話になるつもりはないから」
「………ならば、やむを得ませんね。ホーリードラゴン!」
「ガアァァァッ‼︎」
ヒナミが剣を掲げると、彼女の上を飛んでいたホーリードラゴンが呼応した。
僕を睨みつけると口から青白いブレスを吐き出す。
「おっと!」
地面に転がってブレスを避けると、目の前にヒナミが待ち受ける。
彼女の剣が純白に輝いた。普通のスキルでは見られないエフェクトだ。
コントラクトスキルか。
「『ブレスプリフィケーション』」
「ヤバッ!」
「やぁっ!」
すぐに防御体勢に入るが、コントラクトスキルをそう簡単に防げるわけがない。
さっきよりも素早い五連撃の突きを正面から喰らい、HPが激減した。緑から黄色、そしてオレンジに突入する。
「がはッ!」
大きく吹き飛ばされるが、何とか着地して膝をつく。普通のプレイヤーなら、今ので死ぬ一歩手前だろう。
普通のスキルで僕がここまでやられることはまずない。原因は二つだ。
まずは単純にヒナミが僕と並ぶレベルのプレイヤーであること。全プレイヤーの中でも突出した実力を持つ剣士だ。
そしてもう一つ。彼女が僕と同じ『契約者』であることだ。
『ライフ・オブ・ファンタジー』の一つの特徴として、プレイヤーはモンスターと契約することができる。
従来のゲームにもモンスターと戦うものはあったが、それはあくまで使い魔としてテイムするものだ。
しかしこのゲームでのモンスターと契約すれば、契約したモンスターのスキルをプレイヤーが使うことができる。それがコントラクトスキルだ。
僕はグリモワールと契約し、ヒナミはホーリードラゴンと契約している。さっき捕まった野盗のリーダーもバーニングウルフと契約していた。
契約条件はモンスターによって異なり、契約することで契約の証であるアイテムを手に入れられる。僕はコンバットナイフの『デモンズエッジ』、ヒナミは細剣の『シルバリースケール』がそれだ。
コントラクトスキルは他のスキルよりも強力で、契約するだけで他のプレイヤーよりも差をつけることができる。
もっともその強さは契約するモンスターの強さによるし、仮に強いモンスターと契約できても、無条件にその力を振るえるわけじゃない。
モンスターと契約して能力を使う代わりに、契約者はモンスターに『代償』となる糧を定期的に与えなければならない。
与えるものは食べられれば何でもいい。その辺にある木の実やモンスターやNPC、さっきの僕のようにプレイヤーでも構わない。
強力なモンスターになればなるほど、能力を使えば使うほど、求められる糧の量は増えていく。
グリモワールやホーリードラゴンはゲーム内でもトップレベルのモンスターだ。その代償は先程のバーニングウルフの比じゃない。
そして糧が与えられなくなり、契約したモンスターの腹を満たされなくなれば、食べられるのは契約者だ。
さらに契約の解除方法は一つ、誰かに契約の証を譲渡する以外に無い。一度契約してしまえば、一方的な破棄はできない。
食べられれば当然死ぬ。つまりこの世界で契約モンスターに糧を与えなければ、本当に死んでしまうのだ。
その代償を受け入れたプレイヤーのみがモンスターと契約して、力を振るう。
彼女もそんなプレイヤーの一人、聖なる竜の力を使うことから『竜巫女』とも呼ばれてる。
「っと………このままだとマズいな」
HPバーがレッドゾーンに入れば感覚や動きが鈍くなる。このままってわけにはいかないな。
「グリモワール、やるぞ」
「ア゛ァァァッ‼︎」
咆哮と共にグリモワールが熱線を吐いた。熱線はヒナミの牽制をしつつホーリードラゴンに激突する。
「グルアァァァッ⁉︎」
さらに追撃としてグリモワールはホーリードラゴンの首を掴むと黒く輝く拳で殴り飛ばした。HPが大幅に減少する。
「くっ!ホーリードラゴン!」
「よそ見してる場合か?」
怯んだ一瞬の隙に懐に飛び込んだ。ナイフが黒く光り刃が五つに分かれる。まるでグリモワールの巨大な手の爪のようだ。
「『バーサスクロー』」
コントラクトスキルを発動させて素早くナイフを振るう。瘴気をまとった刃がヒナミを斬りつける。
「きゃあぁぁッ‼︎」
彼女のHPもオレンジまで激減した。
次で終わらせる。
「『デモンクルーズ』」
「がッ⁉︎あ、あぁッ!」
僕の目が光るとヒナミが胸を押さえて蹲った。声が掠れて、ヒナミのネームタグは呪いを受けたことにより赤く点滅する。
受けた負傷エフェクトから茶色い腐敗のエフェクトが身体を侵食していった。
「はぁ、あぁッ!ぐっ!………がッ、あぁッ‼︎」
身体からエネルギーを奪い苦しみと共に朽ちていく『侵食』の呪い。彼女のHPがジワジワと減っていく。
本当ならここまでする必要は無いんだが、彼女は苦しめながら倒さなければならない。
「グリモワール、トドメだ」
「グルゥッ!」
グリモワールがヒナミを喰らおうと爪を振り下ろした。
「ガアァァァ─────ッッッ‼︎」
それを阻止せんとばかりに負傷していたホーリードラゴンがグリモワールにブレスを浴びせる。
「ぐあッ⁉︎」
業火は僕にも降り掛かり、ダメージがかなり深まる。
さらにホーリードラゴンはグリモワールに体当たりして長い尻尾で拘束すると、喉笛に噛み付いた。
「ッッッ──────‼︎」
声にならない悲鳴をあげるグリモワールだったが、翼を広げて飛び上がった。
無理矢理ホーリードラゴンを引き剥がすと、押さえつけてそのまま落下。自分諸共地面に激突する。
バーニングウルフの攻撃を正面から受けても減らなかったHPが、今の数秒で四割近く減っている。
「グルアァァァ────ッ‼︎」
「ガウゥッ‼︎」
しかしこれで終わるような二匹ではない。双方空へと飛んでぶつかり合った。
「ッ⁉︎しまった!」
ダメージによる麻痺に抗いながら僕は何とか体を起こすと、ヒナミの方を見る。
「く、『クリアヒール』………」
呪いに苦しみながらヒナミはスキルを発動させた。彼女の身体が淡く輝き、腐敗エフェクトが消えていく。全てではないもののHPも回復している。
「はぁ、はぁ………ホーリードラゴンが、時間を稼いでくれましたね」
またこれか。だから苦しめながら殺そうとしたのに。
コントラクトスキル『クリアヒール』
呪いや麻痺を無効化しHPを回復させるホーリードラゴンのスキル。
本来なら全回復するはずのHPが満タンにならないのは、呪いをかけたのがゲーム内最強の悪魔であるグリモワールだからだ。
本来なら解呪なんてまずあり得ないんだが、僕の知る限りホーリードラゴンならば、解呪だけならできる。
これだからヒナミと戦うのは嫌なんだ。僕達は絶望的に相性が悪い。
「………ここまでだな。グリモワール」
僕がナイフをしまい声をかけると、ホーリードラゴンと対峙していたグリモワールが降りてきた。
「なぁッ⁉︎何のつもりですか⁉︎」
「これ以上戦えば、またグリモワールに代償を払う必要になる。だからやめる」
簡潔に話を区切りヒナミに背を向けて歩き出した。
「ベリアル君、待ってください」
本当に僕に戦意が無いことを悟ったのか、ヒナミも剣を納めて呼びかける。
「………何?」
「『中央治安維持局』局長のお言葉を伝えます。『我々はいつでもあなたを迎え入れる』との事です」
「またそれか。というか、それだけを伝えたいなら何で戦ったりしたんだよ」
「それが私達『バーベナ騎士団』の使命だからです」
「はいはい。とにかく、僕はそっちに行くつもりはないから。局長さんとやらには君から伝えておいて。よろしく」
「ベリアル君。あなたも、こんな生活が長続きしないのは分かってるはずです。治安維持局に来れば最低限の生活は保証されます。ですから………」
「悪いけど、信用出来ない人におんぶに抱っこで世話になるのは性に合わないから。それじゃあ」
僕はグリモワールの肩に跳び乗った。翼を展開してグリモワールが飛び立つ。
街の近くに着くとグリモワールを降りさせる。
「今日は助かった。ゆっくり休みな」
「グルルッ!」
グリモワールは唸ると再び飛び立ってどこかに行ってしまった。
僕はメニュー画面から『装備』を選択。黒いロングジャケットを解除して、麻色のローブを装備する。
あのジャケットは街中じゃ目立つからな。僕はPK常習犯だし、隠れないと面倒なことになる。これなら顔まですっぽり覆える。
人混みに紛れながら街に入ると市場の通りを歩いていく。
「さぁ寄ってって!ミスリルの槍が一万セル、今だけだよ!」
「お兄さん、今晩ウチ泊まっていかないかい?」
「『半回復のポーション』二つと『パイルの実』六つ、それと『囮のお香』ね。合計で二万六千セルだ。まいどあり!」
街は殺し合いが運命となったとは思えないほどに活気に溢れている。
とはいえ元からこうだったわけではない。
かつては十万人もいたプレイヤーは、今では七万五千人程。この一年半でおよそ四分の一のプレイヤーが死んだ。
『ライフ・オブ・ファンタジー』がデスゲームとなってから数週間は、この世界は阿鼻叫喚といってもいい状態だった。
押しつけられた現実に正気を保てなくなった者、絶望に心が折れた者、死に戻りによってゲームから脱出できると希望を捨てなかった者。
そんな彼らは自殺を図り、全員が例外なく死んでいった。
そして何より多くのプレイヤーの命を奪ったのが、無差別な大量殺人だ。
死にたくない、生きて脱出したい。しかしそのためにはみんなを殺さなければならない。
それならば殺そう。生きるために。
そう思ったプレイヤー達が、街中で武器を振るい無差別にプレイヤーを殺す事件が数えきれない程起きた。
中にはギルドやパーティーのメンバーを裏切って殺す者、もっと酷いと一緒にログインした家族を殺す者もいた。
たった数人殺した程度で何の意味も無いのは明らかだが、一人でも多く殺せばこれから自分が殺される可能性は減る。
将来自分の害悪となる芽は摘もうと考え、子供を殺した者もいる。
あの日言われた『殺し合え、生きるために』という言葉の通りになったというわけだ。
まぁ自殺しなかったプレイヤーの中に生きたくない者はいないだろうし、当たり前といえば当たり前の心理だろう。
その結果、誰もが「次は自分が殺されるんじゃないか』『かつての仲間が命を狙ってるかも』と疑心暗鬼になり、多くのギルドやパーティーが解散した。
ただ歩いてるだけで襲われることもあるため、まともに外に出歩くこともできなくなり、街は荒廃していった。
そんな無法地帯が整えられたのが、今から半年前。治安維持局の登場したことにより、街は復活していった。
随分と御大層な名前だが、その実態はただのギルドに過ぎない。ギルド長が少しずつ強いメンバーを増やし、今では『ライフ・オブ・ファンタジー』最大のギルドとなっている。
彼らは現実世界の人々が脱出させてくれることを信じて、それまで一人でも多く生きていようと、街の治安を監視している。
PKプレイヤーを捕らえたり、モンスターを倒すことで資金を貯めて生活に行き詰まった者を助けたりして、少しでもみんなが平和に暮らせるように活動している。
彼らは東方、西方、北方、南方、中央の五つに分かれて、今僕のいる街の真ん中に聳え立っているのは中央治安維持局のホームだ。
そして治安維持局の中でも特に高レベルのプレイヤーが選りすぐられて結成されたのが、ギルド長直属の騎士団である『バーベナ騎士団』。
普通のプレイヤーでは対抗しにくい契約者が犯罪を犯した場合の粛正や、ダンジョンのボスモンスター攻略に奮闘している。
そのバーベナ騎士団の騎士団長こそ、さっき僕をボコボコにしてくれたヒナミだ。契約したホーリードラゴンの力を惜しみなく使い、街の平和のために戦っている。
彼女達の努力の甲斐あってか街は復興、商人をしていたプレイヤーも商売を再開して、活気を取り戻していった。
そんな街の景色を眺めながら、僕は大通りから外れて裏路地へと入っていく。
少し歩くと寂れた建物が建っている。看板には『バー 十六夜』と書かれている。僕は扉を開けて中に入った。
中は呑みにきた人でそれなりに賑わっていて、僕が入ってきても気にはされない。
「いらっしゃい………って、ベリアルか」
中で僕を迎えてくれたのは妖艶な雰囲気を纏った女性だ。
歳は二十代後半ほどで、胸元とスカートにスリットの入った、薔薇の刺繍が施された赤いチャイナドレスを着ている。赤いイヤリングが店の照明を反射して輝いた。
彼女はマルディアさん。ここのバーマスターだ。
僕は彼女のいるカウンター席に座った。
「何飲む?南方からレアな葡萄酒手に入ったけど」
「マルディアさん、いつも言ってるでしょう。お酒は飲みません」
「相変わらずねぇ。別にこの世界じゃ未成年飲酒したからって捕まらないわよ?」
「お酒は飲むと酩酊のデバフがかかるんです。その状態で誰かに襲われたらたまらないので」
「はいはい。それじゃあ、これどうぞ」
マルディアさんはしゃがみこむとカウンターから飲み物を出す。
どんな飲み物を出してくるかと思ったら、出てきたのは飲み物は飲み物でもお茶などではなかった。
「これ、回復のポーションじゃないですか。酒場で出す物じゃないでしょう」
「あら、HPがオレンジゾーンに入っている君にはちょうどいいと思ったけど?」
ネームタグに視点を合わせれば、他のプレイヤーのHPを見ることができる。彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
「ありがとうございます」
僕はポーションの蓋を開けると一気に飲み干した。HPが50回復するポーションだったので、一気にグリーンゾーンに引きあがった。それでも全回復はしていない。
「久しぶりに顔を出したと思ったら随分とボロボロね。また騎士団長様とのアツ~いデートだったのかしら?」
「変な言い方しないでください。僕は望んでこうなったわけじゃありません」
マルディアさんとはこのゲームで出会ってからそれなりに長い付き合いだ。ヒナミと戦った後に来ることもあるので、こんなやり取りもすっかり当たり前になってしまっている。
「バーベナ騎士団に入らないかって言われてるんでしょ?入らないの?普通なら入りたくたって入れるものじゃないし、こんな所で生活するよりよっぽどいいはずよ」
「僕はこっちの方が性に合ってるんです」
のんびりと話す僕を見て、マルディアさんはため息をついた。
「はぁ、まぁいいわ。上の部屋は前使ったままにしてあるから、好きに使ってちょうだい。どうせ泊まる場所無いんでしょ?」
「いや、そこまでしなくてもいいですよ。その辺で宿探しますから」
「気にしないで。ウチもいつ襲われるか分からないし、用心棒がいてくれた方が嬉しいわ」
「………それなら、お世話になります」
僕はメニュー画面からお金を選択し、オブジェクト化してカウンターに置く。
「はい、ポーション代です」
「私からのサービスだったから気にしなくていいのに。それに千二百セルなんて、ポーション代にしては貰いすぎよ」
「宿代も含めてです。それじゃあ、何かあったら呼んでください」
「まったく………律儀な事ね」
呆れて肩をすくめるマルディアさんに背を向けて、僕はバーの端にある階段を昇って行った。前に使った部屋に入ってから、ローブの装備を解除してベッドに身を投げ出す。
グリモワールとの契約の証であるナイフをオブジェクト化して、ケースから引き抜く。艶消しされているため、刃を見ても何も反射していない。
「明日も………生きるか」
それだけ呟いてナイフをストレージにしまうと、僕は目を閉じた。そのまま意識が薄れて夢に中に沈んでいく。
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