第2話 監禁

『ライフ・オブ・ファンタジー』がリリースされたのは、今から一年半前のお盆の時期だ。世界初のVRMMOゲームとして、世界中から注目された。

 以前からVRゲームの開発に力を注いでいた『オルタナティブワールド社』が長年の努力の末に生み出したヘッドギア型デバイス『センスライザー』は装着することで、意識をゲームの世界に移す。

 そこにいるのはこれまでの自分とは違う、自分でカスタマイズしたアバター、新しい自分だ。

 そんな夢のようなゲーム機は、発売と同時に在庫切れになるほどの人気っぷりだった。

 そしてセンスライザーと共に発売された『ライフ・オブ・ファンタジー』も発売当日に完売、手に入れた何百万という人々が仮想世界へと飛び込んでいった。

 そこに広がっていたのは、僕達の予想をはるかに上回る新しい世界だった。

 リアルな景色を再現する圧倒的なグラフィックはもちろん、本当に生きているようなNPCやモンスターの動作、ゲームらしくも臨場感のあるエフェクト、それら全てをリアルに感じることができるアバター。

 従来のゲーム機では得られなかった本物のファンタジー世界に飛び込んだかのようなリアルな作り込みに、みんなが酔いしれた。

 海外での販売もされて、プレイヤーが億単位になるのにそう時間はかからなかった。

 これから新たなVRMMOゲームが次々と発売されて、この仮想世界が僕達の新しい世界となる、誰もがそう思っていた。

 そんな希望が絶望へと変わったのは、それから二日後のことだった。

 その日も多くの人が『ライフ・オブ・ファンタジー』をプレイしていた。お盆休みなこともあって、プレイヤー数は発売当日よりも何倍も増えていた。

 僕も学校の課題をとっくに終わらせていたので、一日中プレイするつもりでゲームに飛び込んだ。

 一緒に遊ぶような友達はいないので、一人で受けられそうなクエストをこなしつつレベルを上げていた。

 そして世界の異変に気がついたのはお昼頃。

 いくら一日中プレイするつもりとは言っても、お昼ご飯まで抜くのはマズい。

 一応ゲーム内でも食事はできる。

 センスライザーはゲームで得られる刺激を脳に送り、五感で感じ取ることができるので、ゲーム内で食べた食事もちゃんと味を感じられる。しかもなかなか美味い。

 とはいえあくまで受け取るのは味のみで、実際に栄養が摂れるわけでは無い。どこかでゲームからリアルで食べる必要がある。

 そんなわけで僕は一旦ゲームから出ようと、メニューを開いてログアウトボタンを押そうとした。

「あれ?」

 開いたメニュー画面を見て、僕は思わず声を漏らした。

 いつもならメニュー画面の右下に表示されているログアウトボタンが表示されていないのだ。

 仕様変更でもしたのかと思って全てのメニューを開いてみるが、それらしきものは見当たらない。

「どういうことだ?」

 ボイスコマンドの可能性も考えて試してみるが、何も起こらない。

 真っ先にバグの可能性を考えた僕は、『始まりの街』に向かった。全てのプレイヤーがゲームを始める時に降り立つ場所だ。

 ゲームがリリースされて日は浅い。まだこの街に留まっているプレイヤーも多いはずだし、何か異変があったらここが一番分かりやすい。

 予想通り、多くのプレイヤーが困惑した様子で集まっている。メニュー画面を開いているところからして、困惑の内容は僕と同じのようだ。

 誰もがログアウト出来ることなく慌てている。

 しかしちょっとした挙動のバグならともかく、ログアウト出来ないなんて大きなバグを運営側が気がつかないはずがない。

 プレイヤーの中には運営にメッセージを送っている人も見られるし、すぐに対処されるだろう。

 しかし困惑から30分後、対処どころかバグを認知したとの報告すらない。発売数日でこの対応はどう考えても不自然だ。

 みんなの不安が高まってきた頃、プレイヤーに向けて運営側からメッセージが届いた。

 ようやくバグを感知したのかと、誰もが安堵のため息をつきメッセージを開いた。

 しかしそこに表示されていたのはバグの通知ではなく、一つのビデオメッセージだった。

 訳が分からないまま誰かが再生ボタンを押すと、メニュー画面だけに広がっていた映像が、拡大されて上空へと映し出される。

「な、何だこれ⁉︎」

 みんなの視線が映像へと向けられた。そこに映し出されていたのは白衣を着て薄い気味悪い鉄仮面をつけた人だ。

『やぁ、プレイヤー諸君。ゲームは楽しんでくれているかね?』

 その人物の声は変声機でも使われているのか、不自然に甲高い不気味な声だった。

『私はこのゲームを生み出したオルタナティブワールド社の者だ。名前を言うのは控えさせてもらおう。これは私一人の意図ではない』

 あまりにも不躾な自己紹介に僕達は息を呑んだ。

 こっちの混乱など知らないかのような口ぶりだが、このタイミングで運営からのメッセージが送られてきたのが偶然なわけがない。

『たった今、このゲームは生まれ変わった。そこで私から、改めてこのゲームのチュートリアルをさせてもらう』

 ビデオメッセージの意図が分からずに、プレイヤーたちの不安が募る。

『まず君達は今、ログアウトが出来ずに非常に混乱しているだろう。重大なバグに巻き込まれたと』

「わ、分かってるならとっとと俺達を出しやがれ‼︎」

 プレイヤーの一人が不安に耐えきれずに叫んだ。それを皮切りに方々から文句の声が上がる。

『落ち着きたまえ。まず一つ、言わせてもらおう。これはバグでは無い』

 喧騒の中でも鉄仮面の人物の声ははっきりと伝わってきた。

『我々は故意に君達をログアウト不可にした。言い換えれば、君達をこの世界に閉じ込めた』

「ふざけんな‼︎何のつもりだ!」

「早く出せよ‼︎」

「こんな事して許されると思ってんのか‼︎」

 罵声が飛び交う中、鉄仮面の人物の言葉はなおも続く。

『ちなみに、君達の中には自殺によってゲームオーバーになれば脱出できる、などと考える者がいるかもしれないが、それはオススメ出来ない』

 たしかに、これまではゲームオーバーになれば自動的にログアウトとなる。

 自殺してログアウト出来るのなら、そのやり方で現実世界に帰るというのも一つの手だ。

『つい先ほどセンスライザーの隠し機能を始動させた。機能は至ってシンプル、通常時であれば自動ログアウトとなる状況になった時、高出力のマイクロ波を放射する』

 マイクロ波、僕達の身近なもので言えば電子レンジなんかに利用されてるものだ。

 センスライザーには大型バッテリーを搭載してるし、エネルギーの面から考えれば出来ない話じゃない。

 つまりは………

『この説明でピンと来ない人に向けて噛み砕くと、自動ログアウトとなる事態、つまりこの世界での死亡、もしくは外部からのセンスライザーの取り外しが行われた場合、君達が被っているセンスライザーからのマイクロ波によって、君達の脳は焼き切られる』

 そこまで言われれば、それが何を意味するのは分からない者はいなかった。全員の顔が真っ青になり硬直した。



『この世界からの退場は、君達の現実世界からの退場と同義、というわけだ』



 彼の単調な言葉にみんなが言葉を失い呆然と立ち尽くす。

『なお、この事は現実世界の人間にも報道されているため、外部の人間からセンスライザーを外される可能性は低いだろう。もっとも、我々の忠告を無視して外した者は少なからずいるようで、既に百五十名ほどのプレイヤーが亡くなっている』

 突飛すぎる話だが、これまでの話を聞いて、それを嘘と笑い飛ばす者は誰もいなかった。

「じょ、冗談じゃねぇよ‼︎」

「何でそんな目に遭わなくちゃいけないの⁉︎」

「何が目的だよ‼︎」

 事態の重大性を飲み込み始めて、みんなの中に焦燥感が生まれた。批難の声が大きくなっていく。

『君達は我々が何のためにこんな事をしているのか分からないだろう。大規模な誘拐か、実力を示すためのテロ行為か、あるいはただの愉快犯か。ちなみに答えは全て否だ』

 起伏の乏しい声がフィールド内に響き渡り、その一言一言が僕達の心臓を締めつける。

『我々の目的は一つ、君達にこの世界から脱出してもらうことだ』

 自分達で閉じ込めておいて、そこから脱出してもらうのが目的だと?

 それなら最初から閉じ込めるなと言いたいが、鉄仮面の人物の声がそれを遮る。

『君達には今まで通りゲームを楽しんでもらいたい。そしてこの世界に潜むラスボスを攻略すれば、後は無条件で脱出可能だ』

「ラスボスだと?この世界にラスボスなんていないはずだろ」

 誰かの言った声にみんなが頷いた。

『ライフ・オブ・ファンタジー』にはRPGらしくダンジョンというものが存在する。そしてその中には当然ボスモンスターなるものが存在して、それを倒せば豪華な装備や高い経験値を手に入れられる。

 しかし逆に言えばそれだけだ。この世界のラスボスなんてものはゲームシナリオの中には存在しなかったはずだ。

『あぁ、ラスボスは意訳しすぎたかな。具体的に言えば、君達は今『ライフ・オブ・ファンタジー』という箱に閉じ込められて鍵をかけられている。その鍵を持ったキャラクターが存在するということだ。今の君達からしたら、まさしくラスボスだろう?』

「そんなヤツがいるならここに呼びやがれ‼︎俺達全員で袋叩きにしてやんよ‼︎」

「そうだ!みんなでやれば即殺だぜ!」

 騒ぎ立てた男を中心に、何人のプレイヤーが武器を手に取って身構えた。

『猛る者もいるかもしれないが、今すぐボス戦をするのはオススメしない。今の君達じゃレベルの差がありすぎるからね。それにラスボスに辿り着けるのは、君達全プレイヤーの中でたった一人だけだ』

 鉄仮面の人物は人差し指を真っ直ぐ立てた。

『ここにいる約十万人のプレイヤーを殺し、最後の一人まで生き残った者にのみ、ラスボスへの挑戦権が与えられる。そしてラスボスを見事倒せれば、ゲームクリアだ』

「な、何だよそれ………」

 これまでの全ての話を飲み込んで、彼の意図する内容が分かった僕は、恐怖で身がすくんだ。



『つまり、この世界から生きて現実世界に帰れる可能性があるのは、十万人の内ただ一人、というわけだ』



 僕は周りを見渡した。視界には困惑し恐怖に怯えるプレイヤー達が上空を見上げている。

 そんな彼らを全て殺さなければ、僕は生きて帰る事はできない。

『なお、これらの他にもシステムを変更した箇所がある。まず死亡者、および生存者はメニューのログによって確認する事ができるようになった』

 鉄仮面の人物の言葉に、僕は反射的にメニューを確認した。すると左の方に『死亡者・生存者一覧』という新たな項目がある。

 タップしてみると、明らかに生存者の方が多いものの、既に死亡している者もいた。さっき言っていた、外部からのゲームの切断が原因で死んだ人だろう。

『それと先程をもって、安全圏を含むゲーム内全てのエリアでのPKが可能となった。モンスターは侵入してこないが、以後どこにいても殺し合いが起こると考えてくれ』

 そうだ。ゲーム内には攻撃が出来ないエリア、いわゆる安全圏というものが存在する。今いる始まりの街なんかがまさにそれで、基本的にモンスターが現れないところは安全圏となっている。

 しかしこれからそんな安全圏でも殺し合いが起きてしまうのだ。

『それと、PKや略奪、その他のいわゆる通報やアカウント削除になり得る行為の制約を取り払った。犯罪者プレイヤーを捕らえる地下牢の機能は残しておく、好きに使うといい』

 犯罪行為を犯したプレイヤーはネームタグに犯罪者プレイヤーのアイコンが浮かび上がり、安全圏には入れなくなる。

 その機能が無くなるということは、街中に犯罪者プレイヤーがいても気がつけない、ということだ。

『さらに君達のアバターにも手を加えさせてもらった』

 そう言うと僕達の周りが淡く輝いた。思わず目を塞ぎ、しばらくして光が収まると、鉄仮面の人物が写っていたスクリーンが一時的に鏡のように僕達を写し出されている。

「何………ッ⁉︎」

 スクリーンに写っている自分の姿を見て、僕は目を見開いた。

 そこにいたのはさっきまでのアバターのは違う、現実世界での僕の姿だった。顔だけじゃない、体格までも再現されている。

 周りにいた人達も、さっきまでとは違う顔立ちになっていた。

「うわぁッ⁉︎何だこれ!」

「おい嘘だろ!何でこんな事出来るんだよ⁉︎」

「お前、リアル女子高生じゃなかったのかよ!」

 いきなり自分の姿が変わり、みんながパニックに陥っていた。

 まさか運営側がプレイヤー全ての顔を把握してるわけじゃないのに、何でこんな事が……

 いや、出来るか。センスライザーを買う時に、体格やサイズによっては上手く接続できない可能性があるとかで、全身をスキャンされた。それを応用したのか?

『さて、チュートリアルは以上だ。この中で一体誰がゲームをクリアするのか、楽しみにしているよ』

 そう言うと鉄仮面の人物は腕を広げて高らかに宣言した。



『さぁ、プレイヤー諸君………殺し合え、生きるために』



 その瞬間、ビデオメッセージが終わり通知ごと消滅した。

 ほんの数十分の出来事なのに、もう何時間もその場にいたように感じる。

 これからへの恐怖、間近に迫る死、そして現実に対する絶望感、周囲は一気に阿鼻叫喚と化した。

「いやぁぁッ!ここから出してよ‼︎」

「俺達が何したって言うんだよ‼︎ふざけんな‼︎」

「この後大事な予定があるの‼︎お金ならいくらでも払うから出して‼︎」

 絶望ひ泣き叫ぶプレイヤー達の中で、僕は空を見つめた。さっきまでと変わらない、真っ青な晴天だ。

 でもさっきまでの夢と希望に溢れた世界は、もう存在しない。あるのは辺りに溢れかえる死のみ。

 こうして僕達は、命をかけた生き残りゲームに身を投じることになった。

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