第11話

僕がもってかえってきたソレを読めるようになるまで2タ月かかった。

映像はみた。映像はみれた。ソレには何故なら直接は司が写ってなかったからね。

そうはいうものの、司の目がみてたものには違いない。誰に発表するわけでもないその映像の数々。

何時の頃かしらないが、日本の見たことのない風景。多分自分の部屋に据えたカメラから毎朝10分だけカメラをまわしつづけてるビデオ。何げないその風景を毎日撮ってた理由の真意は定かじゃないが、そこにうつった空の色は毎日かわってた。

大学生の頃らしい研究発表会の風景をとったビデオ。つきあってたらしい女性とのデートにまでカメラを持っていってたらしい司は、彼女の様子を延々繋いでた。公園でピクニック、遊園地でコーヒーカップ(目がまわりそうだ)。

僕よりずっと楽しそうな思い出の集大成。

いや僕の学生の頃やサラリーマン時代だって、十分楽しかったはず。

ただ司と僕の違いは、そこをボヤボヤして覚えてないか、キッチリ記録したかって差なんだよ。

延々とビデオをみつつ、僕はボンヤリ考える。

どうして司はここまで執拗に記録にこだわったんだろう? ペラペラとみた日記も、下手すると数ページにわたって記録されている。

スケッチも膨大な量のメモ書きも日記とよぶにはちょっと外れたモノではあるけど、記録としては正しい。

どうしてここまで? これも目の違い?

僕は映像を全部見るまで悩みつづけた。

日記をよんでその謎は一気に解決した


日々の暮らしをつづった日記ではあるけれど、その年数にして24、5年分はある日記は、簡単によめる量ではなかった。

読みはじめてどれくらいたったかも忘れる程、その量はあった。

まるでブリタニカの百科事典をアタマから読んでるみたいだ。

日記に僕の事がでてくると苦笑し、会社での出来事を理解してってた。

みたこともない上司や同僚に反感を覚えたり同情したりね。

他人の為に日記をかいてないんだとしたら、どうしてこんなに詳細なんだろう?とおもった。

僕が例えば日記をかくとしたら、ここまでは書かない…とおもう。日記をながいあいだ付けてないけれど

もっと簡単に…そう記録程度にすると思った。でもこれは日記じゃなく記録なんだよ。自分の記録

そしてその解答は司の日記の中で、何度か出てきてた。違った言葉で語られてはいたけれど、内容は全て似たようなものだった。

一番長いコレが、僕にはわかりやすかった。

『高校の時の現国教師はこういったものだ「他人の目を意識しない日記は存在しない。カギをかけ、大切にし、ヒトによっては隠してもなお、他人の目を意識するものだ。意識することによってのみ『日記という日常の秘密』は存在し得るのだ」と。

その時自分は全てを理解したような気分だった。


子供の頃夏休みの宿題で日記をかかされる度に、こんなモノにイミはない、とおもっていた。

子供の頃の毎日は忘れる事が重要だったから。

嫌なコトも多かったし、嫌なコトは全てわすれるべきコトだったから。その分発見も多い毎日だった。

それら全てが脳に記録されてた。自信があった。ひとつの事実を確実に、イツの事って思い出せた。感情には意味はなかった。

事実だけが自分には重要だった。

でもそれを何かに記録しておいたら?

重要な事実はもっと重要になる。記録しておかなきゃ忘れてしまいそうな嫌なコトも、重要になる。

感情だって、大人になったらもっと深く理解できるかもしれない。でもそのときになって思い出す事ができなかったら、

自分の、あの無感動な時代は全て空白になってしまう。重要な秘密を沢山もっていたはずの自分の過去は全くの意味をなさなくなる。

全てが学習で、感情でも感動でもなかったあの頃全てがね。


1分後からみれば現在は過去。過去の集大成で自分がいる。そういうことを意識していたい。未来の自分が古い過去の自分を他人の目で見るときに少しでも役にたつように。少しでも「秘密一杯の人生をおくってきたんだなあ」って思えるように。

こんなことですら、どんどん忘れてしまうんだ。だから書いておかなきゃ。

今必要ない、とおもったコトですら、将来必要になるかもしれないから。気にいったコトを沢山記録しておかなきゃ。

気にいらなかったことも記録しておかなきゃ。自分の感情と他人の表情も記録しておかなきゃ。

そのトキの自分を全て、記録しておかなきゃならないんだ。

単なる自己愛なのかもしれない。でも忘れてしまうのはもっと惜しいから。

もし本当に他人に読まれたらミットモない程記録しておこう。後で焼き捨てるのはとても簡単だからね』


「焼き捨てられずに、僕の手元にやってきたけどね」

僕は、一人の部屋でそう口にして、その台詞に自分で笑った。


そうだ。そんなモノをどうして司は僕に残す事にしたんだろう。


司の死因は自殺。45になる寸前だった。若年性痴呆症と診断されてから2週間ジャスト。

周りは驚いた。今の医学ではその進行を食い止める事は無理にしても、進行を遅らせる事は十分可能だったし、司はまだまだ他人が冷静な目でみても十分普通だった。

奥さんにいわせれば「あの程度、私には単なるものわすれのレベル」だったらしい。

でも司は自殺しちゃったんだよ。睡眠薬の多量摂取、発見されたときにはすでに処置しても遅い状態

生命維持装置でもった身体、もし回復しても脳に障害がのこりそうな彼の『名誉ある死』を決定したのは他ならない奥さんだ。

それ考えただけでも、僕はもうちょっと彼女に対して寛容でいるべきだったのにね。

そして突然思いついた。

バカみたいにアタマからよんでた僕は、ナンバリングされてる日記の最後の1冊をめくることを。

最後の日付から逆算して、脳ドックへいった日付をつきとめる。

そしてちょっとした疑問から検査にいった彼がみつけたのは、病気のカケラ。

『担当した医者はいった「このまま上手くつきあうことは可能ですし、多くの方がそうなさってます。別に日常生活には支障はありませんし、お仕事も続けられるでしょう。初期発見が幸いしましたね」。医者は若く薄い水色の目が、隣でかってる犬ソックリだった。

短く刈った髪ものばせば、ますます隣の犬に似てくるような、茶色がかった金髪だ。

そんなことを考えながら自分はそんなことを聞いていた。

医者に無理をいって診断書を書いてもらう。薬は取り敢えず貰っておいた』

司はその足で研究所へ向かい、退職の意思を上司につげる。

『彼はいった「君には寸前までがんばってもらわないとね。あと20年後位迄は少なくとも」。

彼特有の気づかいだったのだろうが、自分にはそれに頷けるだけの自信はなかった。

明日にでも全てがわからなくなるんじゃないかという恐怖、そんな気持ちをかかえた自分に、彼はどうして、こんな気休めをいうのだろうとおもった。彼は自分に休暇を2週間くれた。彼女にはだまっているように、とのアドヴァイスまでそえて』

そして彼はこの2週間後、休暇のきれた早朝に睡眠薬を多量摂取したんだ。

僕はこの先を読みたくはなかった。でも読まない訳にもいかなかった。

もう手がとまらないからだ。

それから毎日を奥さんとどうすごしたかが書いてある。

奥さんは特に彼の特別休暇を変とも思わなかったらしい。彼が妻に言った言葉は書いてないが

『妻は自分の言葉をまるがかえで信じてくれた。何時も彼女はそうだった。

自分にとって彼女は自分に善意の世界があることを見せてくれる存在であり、それが自分には一番辛かった。こんな時期には特にね』

奥さんは普通にお勤めしてた。週末に(場所はわからないが)別荘にいって釣をしている。

自分の家にかえってきて、彼は弁護士をコッソリ呼んで、あらゆる権利を彼女にかきかえたらしい。

『海外の弁護士だけあって、彼はその突然の行動に妻が同席していないことについて疑問をもったらしいが、

僕が日本人という人種の特性を説明してやったら、首を傾げながらも納得してくれた。

それにしても自分ながらよくもここまで適当なコトを口にするもんだと思った。

第三者の署名欄が空白になっていたので、法的効力はありませんよ、というので、丁度配達にきていた店の若いコと、研究所から確認のいる緊急書類を持ってきていた部下の研究員にサインさせた。

部下は「先生どうしたんですか?身辺整理スか?」といって(離婚するとでもおもったのだろう)ニヤニヤしていたがまあ彼は口が固いので平気だろう。

妻が心配だった。弁護士にお願いした。彼女はとにかく研究には強いが事務と家事にはよわいのだ。

こっちにきて友達らしい友達をつくっておかなかったことを後悔した。まあすでに時は遅いのだが』

『中原を強引に呼んでおくべきだった。彼には自分の暮らしぶりを見て欲しかった。彼は何度いっても来ようとはしなかったが、彼に側に住んでもらうべきだったんだ。そうしたら自分もこんな不安な最期を向かえないですんだのに。中原には自分の一部始終をみていてほしかったのに』

翌日にはいきなりそのコトを後悔してる

『自分は中原のコトをどれだけ知っているというのだろう?少なくとも自分には「彼を強引によんでくるべきだった」という程の権利は持ちあわせてないんだよ。そうだそうだった。自分が中原から学習した世界の利子すら彼に払いきっていないのに。

そんな権利は自分にはない。ただ希望を言う位のわがままは許してくれるかもしれない。

中原のことだ。事実を話せば飛んできてくれるだろうが、嘘のつけない彼はきっと妻にはだまっていられないだろうな』

司は僕のことを激しく誤解していた。

嘘つきは僕の仕事の一つなのに。

少なくとも僕だったら、司と同じ立場に立たされたのが僕だったら、

僕は僕ですらだますとおもうよ。

詭弁につつむ。見なかったことにする。薬をのみつづけてなんとかなるものならそうしてるさ。

上司がそういってくれてるなら、だまって仕事するよ。

それができない司は、僕にいわせれば完全に“どうかして”た。

相談位してくれてもよさそうなものなのに…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る